バッハの森通信 第104号 2009年7月20日発行

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巻頭言

新 し い 一 歩

「ソリ・デオ・グローリア」の音楽の喜びを継承して

 “Gloria in excelsis Deo
 et in terra pax hominibus bonae voluntatis”

 「栄光、いと高きところにいます神にあれ、
  そして地に平和、みこころにかなう人々にあれ」

 J. S. バッハのミサ曲・イ長調(BWV 234)の「グローリア」をクワイアが歌いだすと、バッハの森記念奏楽堂に集まった皆さんは、演奏者も聴衆も、わくわくする高揚感と、それを分かち合う幸福な一体感に包まれていきした。去る6月28日のレクチャー・コンサートで味わった至福の経験です。これは私の独りよがりの感想ではありません。コンサートの後で相当数の皆さんが、同様の感想を異口同音に語ってくださいました。

 これらの感想を要約すると、合唱とオルガン伴奏が素晴らしかったということの他に、その前に、そのドイツ語訳コラール「栄光、いと高きところにいます神にのみあれ」が、ハンドベル、オルガン、合唱、斉唱で次々と演奏され、「この歌は平和を希求する祈りです」という解説と相まって心の準備ができたことが、このような感動を生み出す助けになったということでした。まさにその通りなのですが、さらにもう一つ、大切な要因がありました。

 

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 「グローリア」の歌詞は、本来、歌ではありません。神を讃美し、神に感謝し、そして平和を願う祈りです。間違いなくバッハは、讃美と感謝と祈りを表現する音楽として「グローリア」を作曲しました。これは神に向かって歌う歌であり、本来の聴き手は神一人だ、とバッハは考えていたのです。実は、バッハを含む当時の教会音楽家たちは、すべての教会音楽を神への捧げものと考え、そのことを、作曲した楽譜の最後に「ソリ・デオ・グローリア」(栄光、神にのみあれ)と書きつけて告白しました。

 しかし、「神」という言葉でバッハが何を考えていたかを知るのは、決して易しいことではありません。彼は時空を隔てた異文化の世界の人ですから。そこでバッハの森では、作曲者の思いを理解するための学習を続けてきましたが、当然、まだ十分とはいえず、まして短い解説では伝えきれません。

 それでも、今回のコンサートを通じて、一つのことが分かりました。たとえ演奏者にも聴衆にも十分な理解がなくても、心の準備さえあれば、「グローリア」の歌詞と、それに作曲したバッハの音楽が、コンクールやエンターテイメントを目的とする音楽とは違う、「ソリ・デオ・グローリア」の音楽の感動を伝えてくれるということです。これが、今回、私たちが経験した感動の最大の要因だったのではないでしょうか。

 

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 昨年末に、私塾・バッハの森の共同主宰者でオルガニストだった石田一子が亡くなり、3月22日に、彼女を記念する集いを開きました。その3ヶ月後に、聴衆は勿論、演奏者の中にも、生前の彼女を知らない人々が何人も参加して、彼女が一生を通じて探し求めた「ソリ・デオ・グローリア」の音楽を分かち合う喜びを味わえたことに、私は深い感慨を覚えました。バッハの森は、彼女の思いを継承して、しかし、確実に新しい一歩を踏み出したのです。さらに多くの皆様と、「ソリ・デオ・グローリア」の音楽の喜びを分かち合いたいと願っています。(石田友雄)

 

 

REPORT/リポート/報告

バッハの森で出会った
学び、成長、感動、そして優れた伝統

*近年、バッハの森に新しく参加する人は必ずしも多くありませんが、毎年、新しい参加者がいて、バッハの森を活気づけてきたことも事実です。今回は、わずか数ヶ月前、乃至は、長くても数年前にバッハの森に参加した4人の方々に、フレッシュな感想を語っていただきました。(T)

 

求めていた学びに出会う

 トマス教会のバッハ像を見上げていたら、彼の顔がなんだかはっきり見えないような気がした。

 14時間の帰国のフライトの機中で、ただただ悩み続けた。音大を卒業した後、一般企業に就職したが、仕事をしながら音楽を続ける難しさを感じる毎日だった。それはまるで身体の一部を失ったような辛さだった。そこで、仕事の休暇をとり、ドイツでピアノの勉強を続けようと思い立って短期訪問をした。音大時代に参加したサマーセミナーでお世話になった、ポーランド人の先生にレッスンをしていただき、何もかも忘れてピアノに打ち込むのは気持ちが良かった。でも何かが違うと感じた。

 幼少の頃からバッハが好きだった。3歳の私にピアノの練習は厳しかったが、バッハを弾くのは楽しかった。そしてそれは附属の小・中・高校を経て音大に入っても変わらなかった。ピアノが弾きたくてバッハを弾くのではなく、バッハを弾きたくてピアノを弾く毎日だった。音大は宝の城だった。大好きな教会音楽の音源、バッハの資料、興味深い講義も沢山あった。でも何かがもの足りなかった。

 明らかに私の心の中に変化が生じたのは、音大に入って2年目の秋。きっかけは、ピアノのコンクールで大好きなバッハの曲で賞をもらった時だった。地味な勉学の日々の中で舞い上がるような喜びの瞬間だった。しかし、次の階段を登ろうとした時に、今まで考えたことのない疑問が突如生じた。「バッハの時代になかったピアノで、バッハの作品を弾く意味は何なのか?」それ以後、今までのように、ただバッハの曲に取り組めなくなっていく自分がいた。この疑問は残された音大生活の中で解決の道をたどるどころか、どんどん膨らんでいき、ついにはピアノを弾くことすら、うまくできなくなっていった。

 14時間の帰国のフライトは本当に辛い時間だった。ドイツに行ったのに何も見出せず、決心もつかず、何も解決されなかったからだ。しかし、この情けない思いは、かえって強いエネルギーになり、家に帰り着くとすぐインターネットで検索した。確かに私は「何か」を探し求めていたのだ。ライプツィヒへ飛ぶ前も散々ネットで検索していたはずなのに、この時、初めて「バッハの森」に出会った。「バッハの森」の学習プログラムは、まるで私の穴だらけのパズルを埋めてくれる沢山のピースのようだった。

 仕事の関係上、土曜日のプログラムにしか参加出来ないけれど、去年の9月から、午前中の「教会音楽セミナー」に始まり、午後の合唱、夕方の「コラールとカンタータ」まで出席している。こうして、友雄先生のレクチャーを受けているうちに、学生生活から抱き続けてきた「疑問」が嘘のように解消されていった。 正直に言うと、最初は意味の分からないこと、知らないことだらけだった。バッハも教会音楽も好きで、音大ではその辺りの本は読んだつもりだったのに、自分の無知がここまでひどいとは思っていなかった。しかしショックを受けながらも、セミナーで皆様と一緒にレクチャーを聞いているうちに、もの凄くゆっくりした自分のペースではあるが、学生時代から抱いてきた「何かがもの足りない」という思いは満たされていった。疑問に思っていたことについては、それがなぜ疑問だったのかという面からも、全てが面白い程にリンクしていった。美味しそうな実が沢山なっている森に入り込んだような幸せな気分だった。

 さらにバッハの森で、私は大きな木と出会った。パイプオルガンを学ぶチャンスを頂いたことだ。今でもバッハの曲をピアノで弾くけれど、パイプオルガンの鍵盤を触る前と今とでは、聴こえてくる音も感覚も、明らかに違う。ここでもう一つ、大きなピースが私のパズルに音をたててはまった。

 私が求めてきた音楽と共に歩む道は、体育会的にただ汗をかいて練習することではなかった。好きなバッハの作品を「好き」だけで終わらせたくない。計り知れないエネルギーと偉大な精神が注ぎ込まれている作品を、知らないままにしたくない。しかもバッハの音楽は旧約時代から始まる不動の精神の賜物であることを学んだ。だから、今から学ばなければならないことが沢山あって、まるで頂上が見えない高い山に登っているようだ。

 振り返ってみたら、バッハの森と出会ってから1年、3シーズンが終わっていた。生活の都合から、バッハの森で過ごした時間は決して多いとは言えないが、悩み続けてきた後に、今、毎週ここに通って学べることは、何ごとにも代えることができない喜びとなっている。ただ、再び正直に告白すると、今、私はこの大きな森の中で迷子になっている。今まで見たこともない実のなった沢山の木々の中を、どうやって歩んでいったらいいか、漠然とした不安を覚えている。

 しかし、この不安は「まさに求めていた学び」の中で起きているのだから、この沢山の木々の生い茂っている森の中で、充分に良い実を食し、自分の地面から太い根、太い幹、沢山の枝、そして自分の果実を実らせることが出来るよう、さらにこの深い森の奥へ歩んで行きたいと思っている。(吉田暁子)

 

セミナーも私も、日々育っています

 バッハの森のメーリングリストに登録している方は、毎週土曜日午前中の「教会音楽セミナー」のレポートが配信されていることにお気づきだと思います。去年9月に、レポーターになって配信を始めてから、バッハの森の1年3シーズンを丁度一回りしました。満1歳のレポーターですから、まだまだ進化中ですが、とりあえずこれまでセミナーのレポートを書きながら考えたことをレポートしてみます。

 まずセミナー自体についてですが、回を重ねるにつれてセミナーも一つの生き物のように変化してきたような気がします。このレポートの配信は、毎週土曜日のセミナーがどのようなことをやっているのか、出席していない人たちにメールで知らせてほしい、と友雄先生から言われたことがきっかけで始まりました。当初、1回か2回送ればいいのかなと思っていたのですが、思っていたよりも愛読者が多いことが分かり、いつの間にか定期刊行形態になりました。

 内容も、最初のうちはさわりだけ書いて、より詳しく知りたい人はセミナーに参加するだろうと思っていたのですが、最近はセミナーに出席できない人たちに内容を伝えることを目標に書いています。たとえばトピックの土台が分かるように、資料の抜粋や聖書の当該箇所をなるべく記載するようにしていますが、お気づきでしょうか。最近は私のレポートに対するセミナー参加者からのフォローも入るようになり、活気づいてきました。今後はさらに一歩進めて、セミナーに参加していない方からもコメントをいただけるような、面白い内容にすることを目指しています。

 次にセミナーに3シーズン参加してみて、自分自身がどのような変化をしたか考えてみました。友雄先生は、知識を集積するだけではなく、学習の仕方や考え方を指導してくださるので、少しずつですが、コラールやカンタータに用いられている言葉の意味や、その言葉がどのような思いで使われているのかを自分で考えるようになりました。日本語の翻訳で歌詞を読んでも、その言葉の意味を日本語の感覚で捉えてはいけないことを知ったのが大きかったと思います。今、自分が住んでいる日本とは大変違う歴史や風土の中で成立した歌詞なので、それに共感を覚えるためには、知らなければならないことが沢山あるのですね。春が来たときの気持ちを知るには、まず冬を知らなければならないように、ある言葉に籠められた思いを理解するためには、詩人がその言葉に到達するまでの過程を知る必要があることが分かりました。

 言葉をきちんと考えるようになったのは、毎週、レポートを作成した結果だと思います。レポートを書くのに、少なくても2〜3時間はかかるので、毎週書くのは大変な時もあるのですが、書くにあたってセミナーを思い出し、どういうことだったのか、もう一度考えてみたので、それが必然的に言葉をきちんと考えることになりました。最近はドイツ語の辞書を引くことも覚えました。言葉の意味を考える上で、自分でもできることの一つなので、時々レポートを書きながら実践しています。

 その他に覚えた手法は「比較」です。たとえば、詩篇からコラール、コラールからカンタータが作られている場合、その過程で生じた変更箇所を比較することにより、変更の内容からその詩人がどのような解釈をしたのか類推することができます。このような読み方は、時代を超えて作者の話を聞いているようで、面白いと思いました。さらなる糸口はきっと「音楽」だと思いますが、これはまだ自分にとって難易度が高いので、大部分の議論が耳をすり抜けていってしまっている感じがします。レポートの中でも、オルガンの公開レッスンの部分はウィークポイントになっており、内容にやや心もとないのですが、いざというときはフォローしてもらえることを期待して書いています。

 ここまで思いつくまま書いてみましたが、こうして改めて書いてみると、最初に思っていたよりもセミナーも自分も進化してきたような気がします。とりあえず担当しているレポート作成を、今後も改良していくつもりです。そうしていく中で、自分自身も、そしてセミナーもまた少しずつ成長していけるといいなと思います。(小保方智子)

 

レクチャー・コンサートに参加した感動

 コンサートの終了直後は、ともかく合唱の素晴らしさに圧倒された気分だった。バッハの森のレクチャー・コンサートに初めて参加した感想である。ある方は興奮した面持ちで、「グローリア」に続き、最後にメルカールトさんのオルガンと一緒に天に昇っていくようだったと言っておられた。本番では、他の方々が演奏したオルガンも格別に音がよく響き、何か特別なものが感じられた。

 時間がたって、少し離れたところから思い返すと、各部分の細部とは別に、全体的構造が浮かび上がってくる。ハンドベルの音で始まり、開幕を告げる劇的なオルガン(アルンシュタット・コラール)が響き、テーマ・コラールの合唱に続いてレクチャーがあった。例示のオルガン曲と斉唱を交え、「グローリア」の合唱へと至り、最後にこのコンサートにふさわしいオルガン演奏で終わりを告げた。堅固な建物を思わせる。知的で美しい。この形式を創り出し、実現していることは本当に素晴らしいことだと思う。

 あぁ、これがバッハの森の初夏のシーズンを締めくくるレクチャー・コンサートなのだ、と畏敬の念をもって全体を理解した。私自身に関しては、今年4月に初めてバッハの森の「教会音楽セミナー」に参加し、初夏のシーズンを通して出席した以上、締めくくりのコンサートにも参加する義務があると考え、「枯木も山の賑わい」と言訳しながら、オルガン編曲を1曲演奏させていただいた。私は、自分の演奏が、演奏というよりレクチャーの内容の具体例の提示だと考えていた。実際、思わずサービス精神を発揮して、レクチャーの直後だったこともあり、趣旨に添ってことさらテーマを際立たせ、考えていたよりゆっくり弾いた。多分、個々のコラール編曲の解説があってもよかったと思う。もうひとつ、敢えてお願いするなら、斉唱のとき会衆に向かって指揮があってもよかったと思った。あの合唱指揮者の下で歌ってみたい、ということだけかもしれないが。

 今回、レクチャー・コンサートに参加させていただいて、木曜の「教会音楽セミナー」以外の方々とも接する機会を得て、とてもよかった。年齢を気にせず楽しく交った。これからも、小さなことしかできないが、参加させていただきたいという気持で、秋のシーズンを楽しみにしている。(藤村宏子)

 

継承すべき優れた伝統

 私はもともと、特にバッハあるいは古い音楽に興味があってバッハの森に来たわけではなかった。ただとにかく教会音楽を、それも継承すべき優れた伝統に属する教会音楽を勉強したかった。調べてみると、教会音楽を勉強できるところは東京とその周辺にいくつかあり、もともと私にとってバッハの森はそのうちの一つにすぎなかった。どうやらここでは古い音楽だけやっているようだから、新しい音楽は自分でどうにかするか、などと思っていた。

 ところが今や、私の教会音楽の勉強のほとんどをバッハの森の活動が占めている。相変わらず古楽自体に特に興味があるわけではない(ただし今ではバッハは別だが)。しかし、扱う対象を古楽に限定したバッハの森での学びに特に不足を感じず、5年くらいこればかり続けても偏りすぎということはなかろうと思うまでになっている。それだけ多くの学ぶべきこと、大切なことがここにあるからである。

 というより、まさに私が特に求めていたもの、つまり教会音楽の継承すべき優れた伝統とみてまず間違いないものがここにあるのである。それを最も強く感じることができたのは、2年ほど前木曜の夜に、旧約聖書学を専攻されたバッハの森の主宰者、石田友雄先生の指導の下に開かれた「キリスト教文化入門」という講座においてであった。この講座ではミサ通常文の「キリエ」と「グローリア」を学んだのだが、まずそもそもこれらのテキストが何を意味しているかを探るため、「憐れみ」「栄光」「平和」といったキーワードについて、旧約聖書の言葉であるヘブル語までさかのぼったり、中世や近世に作られたパラフレーズと比較したりした。その上でバッハの「クラヴィーア練習曲集第3部」とミサ曲ロ短調とを鑑賞し、ただでさえ最高級のこれらの音楽の中に、古くから積み重ねられてきた思考の蓄積を見て、いっそう深い感動を得たのであった。

 あるいは、キリスト教文化そのものについて、古い教会とその音楽はいろいろなことを教えてくれる。バッハの森に来てから常々面白く思っているのは、昔の人々の教会暦の感じ方についてである。単純に喜ばしい季節としか思っていなかった復活祭後の季節が(福音書を読む限り、イェスは弟子たちの前に現れてもすぐに消えてしまうので)不安な時期でもある、というのは私にとって新鮮だった。また最近「コラールとカンタータ」の会で三位一体祭が扱われたが、特にカンタータを聴いて、これは降誕から聖霊降臨までのすべての救いの業が成就したところで今一度これを思い返し、三位一体の神に讃美と感謝を捧げる日なのだ、ということがよく感じられ、意義が分からずにいたこの祭日に初めて心が燃えた。

 それから、バッハの森のたいへん重要な特徴のひとつは、バッハが属していた近世ドイツ・ルター派教会の歌であり民衆の魂の歌であったコラールに親しんでいる人々が集まっていることだと思う。コラールには、聖書も典礼も教会暦も、そして信仰をもってさまざまな喜びや苦難を生きた当時の人々の思いも詰まっている。バッハの教会音楽の多くも、直接はコラールに基づいている。カンタータを聴いたりオルガンを弾いたりするだけではなく、コラールを歌い共有することにより、当時のキリスト教文化とそこにこもった思いがぐっと身近になるのである。

 バッハの森では「コラールとカンタータ」の会やコンサートで必ずコラールが歌われている。また愛されている。「“Herzlich lieb hab ich dich, o Herr”(心より愛す、主よ)は涙なしには歌えない」、「“Komm, Heiliger Geist, Herre Gott”(みたまの主、来れ)は大好きだ」などと皆さんが語るのを、コンサート前後に何人か集まっての食事のときや、「コラールとカンタータ」の会の後の短い休憩のときに聞いた。必ずしもクリスチャンではない人々が、受難コラール“O Mensch, bewein dein Suende gross”(人よ、汝が罪の大いなるを嘆き)に感動しているのも見た。私自身,数年バッハの森にいるうちにいくつかのコラールは大好きになり、一人でも時々歌ったりしている。

 最近来た伯父が私に、「魚が水を得たような感じだな」と言った。先に書いた「継承すべき優れた伝統に属する教会音楽」に限らず、ここでは私が求めていたもの、あるいは私に必要だったものが実に多く与えられる。そんな場所があったこと、それを創設し、継承してきた人々がいたこと、またそれに出会えたことはなんとも不思議だと、ここまで書いて久々に思った。この不思議さをなるべく忘れないようにしつつ、今後も長くバッハの森とお付き合いさせて頂きたいと思う。(池田福太朗)

 

 

日 誌(2009.4.1 - 6.30)

4. 10 運営委員会 参加者5名。
4. 15 来訪 ジャン=フィリップ・メルカールト氏(オルガニスト)。
5. 5  楽譜整理 参加者8名。
5. 8  来訪 川越道子氏(作曲家)。
5. 22 運営委員会 参加者5名。
6. 12 運営委員会 参加者5名。
6. 20 財団法人筑波バッハの森文化財団理事会・評議員会 出席者10名。
6. 27 ゲネプロ 参加者22名。
6. 28 レクチャー・コンサート 参加者41名。

J. S. バッハの音楽鑑賞シリーズ
「コラールとカンタータ」(JSB)

4. 11 第259回(復活祭第1祝日)、
カンタータ「キリストは死の縄目につき」(BWV 4);
オルガン:J. S. バッハ「同上」(BWV 695)、池田福太朗。
参加者14名。

4. 18 第260回(復活祭第2祝日)、
カンタータ「私たちの許に留まって下さい、はや夕べになろうとしていますから」(BWV 6);
オルガン: J. S. バッハ「あぁ、我らの許に留まりたまえ、主イェス・キリストよ」(BWV 649)、金谷尚美。
参加者18名。

4. 25 第261回(ミゼリコルディアス・ドミニ)、
カンタータ「あなた、イスラエルの羊飼いよ、聞いてください」(BWV 104);
オルガン:J. S. バッハ「いと高くいます神にのみ栄光あれ」(BWV 675)、古屋敷由美子。
参加者21名。

5. 9 第262回(ユビラーテ)、
カンタータ「お前たちは泣きうめくだろう」(BWV 103);
オルガン:W. F. バッハ「私の神が望まれること、それが常に起こ るように」、ジャン=フィリップ・メルカールト。
参加者23名。

5. 16 第263回(昇天祭)、
カンタータ「キリストの昇天のみを」(BWV 128);
オルガン:J. S. バッハ「いと高くいます神にのみ栄光あれ」(BWV 676)、古屋敷由美子。
参加者18名。

5. 23 第264回(エクサウディ)、
カンタータ「彼らはお前たちを追放するだろう」II(BWV 183);
オルガン:J. S. バッハ「私を助け、神の恵みを讃えさせよ」(BWV 613)、池田福太朗。
参加者16名。

5. 30 第265回(聖霊降臨祭第1祝日)、
カンタータ「私を愛する者、彼は私の言葉を守るだろう」(BWV 59);
オルガン:J. G. ヴァルター「来れ、聖霊、主なる神よ」、池田福太朗。
参加者15名。

6. 6 第266回(三位一体祭)、
カンタータ「誉め称えられよ、主は」(BWV 129);
オルガン: J. S. バッハ「さぁ、イェスよ、私はあなたに頼ります」(BWV 197a/7)、横田博子。
参加者17名。

6. 13 第267回(三位一体後第2主日)、
カンタータ 「もろもろの天は神の栄光を語り」(BWV 76);
オルガン:J. パッヘルベル「神が私たちに恵み深く」、古屋敷由美子。
参加者18名。

6. 20 第268回(三位一体後第4主日)、
カンタータ「私はあなたに呼びかけます、主イェス・キリストよ」(BWV 177);
オルガン:J. S. バッハ「同上」(BWV 639)、安西文子。
参加者20名。

学習コース

バッハの森・クワイア(混声合唱)
4. 11/16名、4. 18/17名、4. 25/18名、5. 9/17名、5. 16/14名、5. 23/16名、5. 30/14名、6. 6/14名、6. 13/16名、6. 20/19名。

バッハの森・ハンドベルクワイア
4. 11/5名、4. 18/6名、4. 25/6名、5. 9/6名、5. 16/6名、5. 23/6名、5. 30/5名、6. 6/6名、6. 13/6名、6. 20/6名、6. 27/6名。

バッハの森・声楽アンサンブル
4. 11/5名、4. 18/6名、4. 25/6名、5. 9/5名、5. 16/4名、5. 23/5名、5. 30/5名、6. 6/5名、6. 13/6名、6. 20/8名。

教会音楽セミナー(1)
4. 9/8名、4. 16/9名、4. 23/14名、5. 7/10名、5. 14/11名、5. 21/11名、5. 28/10名、6. 4/10名、6. 11/9名、6. 18/10名。

教会音楽セミナー(2)
4. 11/5名、4. 18/6名、4. 25/7名、5. 9/6名、5. 16/6名、5. 23/6名、5. 30/6名、6. 6/6名、6. 13/6名、6. 20/8名。

入門講座:聖書を読む
4. 10/6名、4. 17/6名、4. 24/6名、5. 8/5名、5. 15/5名、5. 22/6名、5. 29/5名、6. 5/5名、6. 12/6名、6. 19/4名。

オルガン教室
4. 23/5名、5. 7/3名、5. 14/4名、5. 21/3名、5. 23/2名、5. 28/4名、6. 4/2名、6. 11/4名、6. 18/4名、6. 25/7名。

声楽教室
5. 9/3名、5. 16/3名、5. 30/2名、6. 6/2名。

オルガン練習
4. 1/1名、4. 2/1名、4. 3/3名、4. 4/1名、4. 6/1名、4. 7/1名、4. 8/2名、4. 9/2名、4. 10/3名、4. 11/3名、4. 13/1名、4. 14/1名、4. 15/2名、4. 16/2名、4. 17/2名、4. 18/3名、4. 19/1名、4. 20/4名、4. 21/3名、4. 22/4名、4. 23/2名、4. 24/2名、4. 25/2名、4. 26/1名、4. 27/1名、4. 28/3名、4. 29/1名、4. 30/3名、5. 1/4名、5. 2/2名、5. 4/1名、5. 5/1名、5. 6/2名、5. 7/4名、5. 8/2名、5. 9/4名、5. 10/2名、5. 11/4名、5. 12/3名、5. 13/3名、5. 14/3名、5. 15/2名、5. 16/1名、5.17/1名、5. 18/1名、5. 19/2名、5. 20/4名、5. 21/3名、5. 22/4名、5. 23/2名、5. 24/1名、5. 25/3名、5. 26/3名、5. 27/4名、5. 28/4名、5. 29/3名、5. 30/1名、5. 31/1名、6. 1/5名、6. 2/4名、6. 3/2名、6. 4/3名、6. 5/3名、6. 6/2名、6. 8/3名、6. 9/4名、6. 10/5名、6. 11/2名、6. 12/2名、6. 13/2名、6. 14/1名、6. 15/1名、6. 16/4名、6. 17/3名、6. 18/4名、6. 19/4名、6. 20/2名、6. 22/4名、6. 23/5名、6. 24/3名、6. 25/2名、6. 26/6名、6. 27/7名、6.28/8名、6. 29/1名。

 

寄付者芳名(2009.4.1 - 6.30)

一般寄付
7名の方々から計637,330円のご寄付をいただきました。

石田一子追悼寄付
2名の方々から計20,000円のご寄付をいただきました。

建物修繕費用積立寄付
32名の方々から計328,000円のご寄付をいただきました。

 

2008年度統計

集会回数・参加者延べ人数 (2008.4.1〜2009.3.31)

学習コース  回数  延人数
クワイア(混声合唱) 29 497
声楽アンサンブル 25 179
ハンドベルクワイア 25 152
ハンドベル入門 7 40
宗教音楽セミナー 25 181
教会音楽セミナー 28 117
オルガン音楽研究会 10 52
入門講座:聖書を読む 24 152
パイプオルガン教室 8 16
パイプオルガン入門コース 6 12
声楽教室 9 35
バロック教会音楽ワークショップ 3日間 63

 

公開プログラム  回数  延人数
コラールとカンタータ       25 380
コンサート 4 225
石田一子を送る集い 1 35
石田一子を記念する集い 1 114
バッハの森のクリスマス 1 46

 

運営活動  回数  延人数
運営委員会 10 53
理事会・評議員会         2 19
大掃除 & 相談会 2 38
整理会 & 準備会 3 22

 

その他  回数  延人数
見学               1 19
来訪 8 13

計 3日間と254回 2,460人

 

*     *     *

 

会員移動(2008年度) 入会 退会 増減
維持会員 7 21 -14
賛助会員 2 4 -2
9 25 -16
会員数(2009.3.31現在)
維持会員 114人
賛助会員 57人
171人

 

*     *     *

会計報告(2008年度) 単位:千円

一般会計

収入の部  
前期繰越 869
基本財産利息 18
維持・賛助会費  1,343
寄付 1,370
事業収入 3,572
雑収入 2,402
9,574
支出の部  
管理費 2,844
事業費 1,715
雑支出  195
建物維持積立  1,176
長期借入金返済  360
次期繰越 3,284
9,574

長期借入金  35,280
短期借入金(建物維持) 11,930

 

*     *     *

特別会計(建物維持)

収入の部  
前期繰越 2,705
寄付 1,110
一般会計繰入   1,176
利息 5
4,996
支出の部  
借入金返済 2,400
次期繰越     2,596
4,996

 

*     *     *

特別会計(地上権)

収入の部  
前期繰越     462
寄付金       200
利息 2
664
支出の部  
次期繰越       664
664