バッハの森通信第61号 1998年10月20日 発行

巻頭言 「難しさから感動に」

素晴らしい異文化体験
教会音楽コンサート

先日、朝日新聞朝刊「ひと」欄に、著名なピアニスト、園田高弘さんの言葉が紹介されていました。「感動の集積こそが音楽」「自分の血の中にない西洋音楽を演奏するにはどれだけの気構えがいるか。体験し、文献を読み、勉強するしかないと思った」「楽譜を見ればピアノは弾ける。しかし、その背後にある文化を知る情熱なしに、何が表現できますか?」。ここ数週間、この記事の拡大コピーが、バッハの森の掲示板に貼ってあります。まさにバッハの森が目指していることを、ズバリと語って下さっているからです。
ただバッハの森では、ピアノ音楽より、ある意味ではより難しい、しかし、より深い感動を直接味わうことができる音楽を学んでいると思いました。バッハの森でもっぱら取り上げる、バッハを頂点とするバロック音楽と、そのルーツとなったルネサンス、中世の音楽は、ピアノなどの器楽曲のように、音の響きだけで構成された純粋音楽ではありません。例えばグレゴリオ聖歌の旋律を、ただ「ララララ」と歌ってみても音楽になりませんし、同じことがバロック教会音楽の基礎であるコラール(会衆讃歌)についても言えます。これらの音楽では、旋律を歌うより、先ず歌詞を語ることが要求され、美しい語り自身が美しい響きになっている音楽だからです。
ところで、グレゴリオ聖歌はラテン語、コラールはドイツ語を歌詞にしています。そのため、これらの歌を歌うことは、外国語を知らなくても楽譜を見れば弾けるピアノより難しいと言えます。しかし、語っていることの意味が解れば、純粋音楽より深い感動が直接伝わってきます。ともかく、日本人なら誰でも、ピアノを弾くよりコラールを歌った方が、西洋音楽が「自分の血の中にない」こと、言い換えれば「異文化」であることを実感す るはずです。勿論、園田さんも、本当はピアノを弾くときも、それが異文化であることを自覚すべきだ、とおっしゃっているのですが。
しかし、難しいと言ってほうっておけません。それほど音楽には魅力と私たちを生かす感動がありますから。そこで、バッハの森では、音楽にまつわる異文化の難しさを克服するために、いろいろな工夫をしてきました。今シーズン開いている2つの研究会では、ミサ曲のラテン語の歌詞を初級文法を学びながら読み、コラールのオルガン編曲の演奏を、広く典礼から文化的背景まで問題にしながら学んでいます。しかし何と言っても、公開講座という枠組みの中で、バッハの森が創立以来続けてきた「教会音楽コンサート」の定期的開催を再開したことを、報告しなければなりません。
バッハの森の「教会音楽コンサート」は、単に曲目が教会音楽だということではありません。300年前に、バッハがカントル(音楽監督)を務めていた教会の礼拝順序を参考にして、コラールの斉唱、独唱、合唱、オルガン演奏、カンタータ鑑賞などを、本来の流れに沿って再現することを目指すプログラムのコンサートです。ですか ら、このコンサートには受け身に音楽を聴いている「聴衆」はいません。全員、何らかの役割でプログラムに参加する「会衆」です。特にコラール斉唱では重要な役目を果たします。これは異文化の素晴らしい体験なのです。
「教会音楽コンサート」に初めて参加した人たちから、それまで難しいと考えていたことをいつの間にか忘れて、気がついたら感動に浸っていたという感想を聞きます。後から考えると、このコンサートに定期的に出席していたことで、自分の心が養われていたことがよく解った、と言う人もいました。さらに多くの、心の糧を求めてい る方々のご参加を待っております。

(石田友雄)

バッハの森リポート[46]

オルガンを弾く難しさと楽しさ
---音楽教室パイプオルガン科---

今、バッハの森では、音楽教室パイプオルガン科が一番元気です。13人の人たちが、石田一子先生のレッスンを受けています。9月から始まった「バッハの森公開講座:J.S.バッハの教会カンタータ」の第1部で、参加者全員が歌うコラールの伴奏を、パイプオルガン科で学ぶ皆さんが交替で担当することになりました。この新しい経験も含めて、パイプオルガンを学び始めた動機やレッスンの感想について、報告していただきました。

生活の一部になったパイプオルガン
早いもので、私がバッハの森の活動に参加するようになって、もう10年もたちました。初めはハンドベル・クワイアのメンバー募集を知り、ただハンドベルが振りたくてバッハの森に来るようになりました。しかも、私が入会したときは、丁度、アーレント氏がパイプオルガンを建造する直前でしたので、奏楽堂にオルガンはありませんでした。このような訳で間もなくパイプオルガンが建造された後も、私自身には特に関係ないことだと思っていました。ところが、当時毎月1回開かれていた「コラールとカンタータの会」−後で「J.S.バッハの世界」に改名した会で、毎月、毎月、一子先生のオルガン演奏を聴かせていただいているうちに、不思議なことが起こりました。それまで、自分とは別世界のこと、外 国の話だと思っていたオルガンが、自分の生活の一部になってしまったのです。ごく普通の生活の中にオルガンがあるということは、今の日本では考えられないことで はないでしょうか。
そして自然に、自分でもコラールを弾いてみたいという気持ちになりました。バッハの森のオルガンの魅力は、それが人と共に生きるオルガンだということです。それは、バッハの森の活動の中心がコラールを歌うことで、コラールはみんなで歌う歌、そしてオルガンはそれを支える楽器だからです。ですから、バッハの森では、みんなでオルガンを共有することができるのです。今、日本でもパイプオルガンが沢山建造され、その数は増えましたが、まだ一般人にとっては、ただ聴かせてもらうだけの遠い存在ではないでしょうか。バッハの森には、人を力づけ、人と共に生きる本来のオルガンがあります。この10年間、私個人にも色々なことが起こり、変化がありましたが、いつも変わらず心の糧になって下さったバッハの森に心から感謝しております。

(金谷尚美)

オルガンと仲良く一体になれる日を夢見て
今年の夏前、6月28日に開催されたバッハの森公開講座「グローリアをめぐり」を受講し、これを機にかねてからの念願であったバッハの森への入会を決心いたしました。数年前からバッハの森で行われている文化活動については、興味を持っておりましたが、なかなか参加するまでには至りませんでした。しかし、今回、勇気をふるってバッハの森の公開講座に参加してみたところ、とても解り易い解説、自分も参加して歌うコラール斉唱、合唱の美しい歌声、祈りにも似たオルガンの神秘的な音色が大変印象的でした。今まで、広いコンサートホールで演奏会を聴くことはあっても、このような身近な距離で行われる対話形式のコンサートは初めてでしたので、大変興味深く、また密度の高い充実した内容から、音楽は理解することによってより深い感動を得ることができるという、バッハの森の動の主旨がよく解ったような気がしました。早速、音楽教室のパイプオルガン科に入れていただき、早くも3ヶ月が経過いたしました。なかなか良い音を出せるようになりませんが、もっともっとオルガンを知り、オルガンと仲良くなり、オルガンと一体になれる日を夢見ています。音楽の基本は「心から歌うこと」、歌うこととは「言葉をしっかり理解して語ることだ」という一子先生のお話にうなずきながら、学べることの嬉しさを日々実感しております。

(松本由香利)

楽しい参加型講座
バッハの森の会員になってから5ヶ月がたち、公開講座には2回参加しました。いずれも2時間から3時間の中身の濃い講座なので、参加する前は、難しすぎてついていけないのではないか、と少々気が重かったのですが、いざ参加してみると、皆さんと一緒に、自分もそこに吸い込まれていくような気分になることができました。友雄先生の解りやすい解説、比留間恵さんの、音大の合唱では経験したことのないような活気のある歌唱指導、そして一子先生が、ストップの組み合わせでこうも美しく響くかと感心させられる音色のパイプオルガンで、独奏やコラールの伴奏をして下さいました。それまで、私はコラールとは、ドイツのプロテスタント教会では礼拝のときに会衆が歌う讃美歌、カトリック教会では聖体拝領が終わってみんなが聖堂から出ていくときに演奏されるオルガン曲というくらいの知識しかなく、美しいメロディーの曲もあるけれど、歌詞の意味もよく解らず、鑑賞するには眠くなる音楽だと思っていました。ところがバッハの森では、音大やカルチャーセンターの講座とは大分違うやり方で、コラールが本当はとても面白い大切な音楽だということを学ぶことができました。1回の公開講座で1曲のコラールについて、歌詞、旋律、作詞家、作曲家などの解説と紹介があり、なによりも、いろいろな形でみんなで歌います。またそのコラールによるオルガン曲が演奏され、バッハの教会カンタータのCDを解説付きで鑑賞します。なかなか他では学べないことを、半日で学習できる会なのです。
今まで、講座というと、ただ黙って聞くだけでしたが、バッハの森の公開講座では、そのコラールを初めて聞いた人も覚えてしまうくらい、みんなで繰り返し歌います。そのオルガン伴奏と数曲のコラール編曲を、音楽教室で学んでいる皆さんが交替で弾くことになり、私も弾かせていただきました。練習しているときは、いろいろ考えていたのですが、いざ本番になると、全く余裕がありませんでした。コラール伴奏は初めての経験なので、曲自体は簡単なのに、歌う皆さんと合わせるのが思っていた以上に難しくて、よい勉強になりました。何よりも、これまでそれほど興味を持っていなかったコラール音楽が、何でも教えて下さる一子先生についてオルガンのレッスンを受け、研究会で学んでいるうちに、だんだん面白くなってきたのがとても嬉しいことです。コラールを生み出したドイツのバロック時代の教会音楽というと、何かとても専門的に聞こえますが、バッハの森の公開講座のような参加型の講座では、誰でも楽しく自然に学ぶこと ができのるのです。

(内藤すみれ)

感動的な教会音楽コンサート
今、このアーレント・オルガンを私が自分で弾いている...これは、私にとっては、最近味わったことがない、ゾクゾクするような体験です。
これまで、バッハの森奏楽堂でいろいろなオルガニストの演奏を聴くたびに、奏楽堂に満ち渡る響きが、演奏者の品性を反映し、人々の思いを集約する力を持っていることを深く感じていました。そして、いつか私も自分で弾いてみたいという夢を、秘かに持ち続けてきましたが、最近、大決心の末、教えていただくことにしました。その上、先日の公開講座のでは、おそれ多くもコラールの伴奏を受け持たせていただきました。これは単にコラ ール斉唱の練習で、勿論、礼拝でもコンサートでもなかったのですが、生まれて初めての小さな経験から、教会のオルガニストが、礼拝全体を演出するという大役を任されているということを、少々垣間見た思いがしました。ちなみに、私はクリスチャンではありませんし、教会の礼拝に出席した経験もありません。これは、バッハの森で学んだことに基づく推測です。
それにしても、公開講座の第2部の教会音楽コンサートには感動がありました。ハンドベルの点鐘で始まり、オルガンの変奏を各節に挿入して、合唱、独唱、斉唱で歌ったコラール「み神のみ業は、ことごとく善し」、同一コラールのオルガン編曲、このコラールに基づくバッハのカンタータなどを聴いて、最後にハンドベルの点鐘で終わったとき、「み神のみ業は、ことごとく善し」という思いを体中に満ち溢れさせてくれたものは何なのでしょうか。教会音楽の持つ偉大な力を改めて思うと同時に、バッハの時代に、このような音楽の中で日常生活を送っていた人々の心の豊かさを思いました。

(石井和子)

たより

大変ごぶさたしております。このたび機会を得て、在外研究員としてスイスに滞在しております。バッハの森にて教えていただいた、ヨーロッパ文化の根底部を実感すべく試行錯誤しております。誠に表層部分しか捉えられていないなとは思うのですが、それなりにいろいろな部分が見えてきて、面白く感じます。どうも有り難うございました。ではお元気で。 

(チューリヒ 五十嵐睦夫)

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つくば在住時にはいろいろとお世話になりました。バッハの森の活動に参加するようになって約3年ですが、後で振り返ってあの頃は本当に楽しかったと思えるような思い出が沢山できたように感じます。クワイアの活動やワークショップとフェスティヴァルでは、毎回、必ず新しい学びと経験が得られ、それらを通して、わたくしなりの音楽への「態度」というものが自然に形成され、決まっていったのは思いもかけぬ収穫でした。価値の多様な現代において、自分が真に良いと思うものを見つけるのさえ困難であることを考えれば、バッハの森で、わたくしが自分自身で心より美しいと思うものが何かをはっきりと知ることができたのは、幸運という他ないかもしれません。また日常の喧噪を離れ、簡素で静かな奏楽堂において美しい音に傾聴する時間を持つことができたのも、非常に幸せなことでありました。本当にどうも有り難うございました。

(広島市 徐淑子)

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去る5月2日-5日にバッハの森で開かれたワークショップとフェスティヴァルに参加出演して下さったヤン・エルンスト氏からいただいた手紙。

6月8日
先ず、もう一度つくばのバッハの森で過ごした素晴らしい日々に感謝いたします。再び、美しい思い出をたずさえて帰国することができました。特に音楽のための静かな時間とファンタスティクなご馳走を楽しみました。
帰国してから2週続けて、大変責任の重い仕事をしなければならないことになりました。先ず昨日の日曜日(6月7日)には、私がカントル(音楽監督)を務めるシュヴェリン大聖堂の礼拝を、ドイツ第2テレビが全国に放送しました。準備と放送のために本当に大変でした。続いて今週の金曜日には、シュヴェリンのほとんど全ての合唱団員約400人が参加する「合唱の夕べ」を大聖堂で開きます。4時間半のプログラムに約1000人の聴衆が集まる大コンサートになる予定で、私が組織の責任者です。バッハの森の皆さん、お元気で。

9月24日
お手紙有り難うございます。ヨーロッパもひどい夏でした。寒くて、雨が降って、この6ヶ月間ずっと秋の気候です。それでも、素晴らしい夏休みをフランスで過ごしました。休暇から帰宅してすぐ、モーツアルトのハ短調ミサ曲を中心にした大きなコンサートを大聖堂で開きました。聴衆が800人集まり、大変賑やかな楽しいコンサートでした。
ご紹介したジョジネイア・ゴディニョさんのヴィザの件で、ハンブルクの日本領事館に電話しましたが、それでもバッハの森から色々な書類を送らなければならないようですね。ご迷惑をかけることになり、済みません。彼女はブラジル出身の方ですが、すでにオルガンと合唱指揮の国家試験Bを優秀な成績でパスして、今はハンブルク音大でオルガンを学んでいます。大変優しい静かな人で、皆にとても好かれている女子学生の一人です。彼女はバッハの森で皆さんと一緒に音楽をするため、一所懸命準備をしています。今度の彼女の 訪問が、皆さんにとっても彼女にとっても、良い経験になることを期待しています。お元気で。

(ドイツ・ シュヴェリンにて)


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