去る6月24日に、バッハの森では、夏休み前の公開講座:レクチャー&コンサートがありました。その後で、いつも通り開いたお茶の会が、参加者全員を巻き込む話し合いになるとは、全く予期していませんでした。きっかけを造ったのは、公開講座に参加した筑波大学の女子学生でした。彼女は韓国のソウル出身で、作成中のリポートのために、バッハの森のメンバーの意識調査をさせて欲しいということでした。特に、キリスト教徒ではない一般の日本人が、どのような意識で教会音楽を聴いたり演奏したりするのかという疑問が、彼女の関心の的でした。
公開の話し合い形式で答えてもらいたいというので、最初、わたしは少々困惑しました。しかし、「あなたはクリスチャンですか」というような質問を受けて、気まずい思いをする人がいるかもしれないと考えたのは、わたしの杞憂でした。最初こそ指名して発言をお願いしましたが、やがて次々と率直に自分の立場と思うことを語り出し、最後は時間切れで終わる始末でした。しかも、嬉しいことに、クワイア(合唱団)メンバーも、コンサートを聴きに来た人たちも、いろいろな意見を自由に語りましたが、結局、バッハの森で行われている、教会音楽のユニークな学習と音楽造りが楽しいからここに集まっている、という点で一致していました。
神の小羊よ、あなたは世のもろもろの罪を取り除く者一語一語はそれなりに分かっても、歌詞全体の意味を正しく理解できる人は(クリスチャンも含めて?)少いのではないでしょうか。大体「神の小羊」とは何でしょうか。これは、イェス・キリストを指す重要な象徴的名称で、旧約聖書の伝承に由来します。「アニュス・デイ」の短い歌詞を理解するためにも、結構複雑な宗教史的背景を学ばなければならないのです。
わたしたちを憐れんでください
わたしたちに平安を与えてください
この1年間も、バッハの森は、バロック時代の教会音楽を学びながら音楽造りをする「研究/学習センター」として、活発な活動を続けてきました。その中でも、特筆すべきことが二つありました。
第1は、初めてのCD「聖堂に響くバロックの調べ」を5月にリリースしたことです。1989年に、バッハの森記念奏楽堂にアーレント・オルガンが設置されたとき、オルガン建造者、ユルゲン・アーレント氏の紹介で、コンサートのために招待したオルガニスト、ヤン・エルンスト氏は、その後毎年、バッハの森フェスティヴァルに出演、1992年以降は友人のカウンターテナー、マインデルト・ツヴァルト氏も参加し、6年前からは4日間のワークショップの講師も兼ねて、毎年、バッハの森最大のイヴェントの中心的役割を果たしてきてくださいました。このCDは、エルンスト、ツヴァルト両氏が、1998年にバッハの森記念奏楽堂で収録したデュオ・リサイタルですが、『音楽の友』誌上、皆川達夫氏、服部幸三氏らから高い評価を得ることができました。
第2は、毎週土曜日夕方6時〜7時に開く、教養音楽鑑賞シリーズ「J. S. バッハの世界」が9月から始まったことです。バッハが教会カンタータを毎週日曜日の礼拝のために作曲した事実を、このような形で追体験することが、彼の音楽を理解するためにはいかに大切であるかということが、週を重ねるうちに、参加者全員にじわりと浸透してきました。またオルガン教室の受講生たちには、この集いでコラール斉唱の伴奏とコラール編曲の演奏を交互に受け持つという、明白な目標が与えられました。それに、合唱練習に集まった人々のお茶の会がこの集いの前に開かれるため、クワイア・メンバー間の連帯意識が急速に高まるという副産物もありました。
(統計はweb版では割愛いたします。)
バッハの森では、今年も5月3日〜6日の4日間、ワークショップとフェスティヴァルが開かれ、例年通り、ハンブルク/シュヴェリンから、ヤン・エルンストさん(オルガニスト、ドーム・カントル)とマインデルト・ツヴァルトさん(カウンターテナー)を迎えて、バロック時代の教会音楽の学習と演奏を満喫しました。 ところで、今年で6回目のワークショップと15回目を数えたフェスティヴァルは、バッハの森最大の年中行事です。そのため、1年かける音楽的な準備は別として、運営に関しては、例年秋から、ヴォランティアのスタッフたちが準備し始めます。期間中は、しばしば裏方に徹する人たちもいて、毎回、楽しい集いを支えてきてくださいました。
以下は、今年初めて運営事務のヴォランティアに参加した、大越はづきさんと伊藤香苗さんの報告です。
大変だったけれど楽しい思い出
今年は、これまで運営事務をしてきてくださったベテランの皆さんに、いろいろな事情があって、私たちのような「新米」も、運営スタッフに参加させていただくことになりました。はづきは3年前、香苗は2年前、二人とも大学4年生のときからバッハの森で学び始めた、現在、バッハの森の最年少メンバーです。
さて、新年の運営委員会では、単に補佐役でいいということでしたが、日がたつにつれて、私たちが、参加者との連絡、楽譜など資料の送付、参加費の領収書作成、宿舎の部屋割りなどの全責任を負わなければならないことが分かってきました。これまで、はづきは3回、香苗は1回しかワークショップに参加した経験がありませんでしたし、そのときは「お客様」でしたから、合唱やオルガンの課題曲を練習することで精一杯、運営がどうなっているかということなど、考えたこともありませんでした。だから、いざ始めてみると本当に大変でした。前年の資料を読み、スタッフの皆さんと相談し、慣れないパソコンと格闘して、どうにか運営事務の全体像が分かってきたと思ったときは、もう4月になっていました。同時に、ワークショップ直前と開催中の沢山の仕事を、とうてい私たちだけでは負いきれないことが分かったので、「職務分担表」を作り、バッハの森クワイアの皆さんに協力を仰ぎました。これは、みんなでワークショップを作り上げようという気運と自覚を高めるのに効果があったと思います。
それでも、開催中、運営事務の雑事を片づけ、「仕切屋」みたいなことをしながら、合唱練習や個人レッスンに参加するのが、いかに難しいかという経験をしました。今まで黙ってなさっていたベテランの方々のご苦労がやっと分かった思いでした。ですから、私たち新米には、正直言って、大変なワークショップでしたが、無事終わってみると、今は楽しかったことばかり思い出します。春の暖かい日差しが心地よい朝、ヤンさんとマインデルトさんが到着して、庭に面したテラスでみんなで一緒に食べた昼食、ヤンさんの楽しい合唱指導、特に感動的だった第1コンサート「復活祭の歌」などなどです。もう私たちは、新たな気持ちで来年のワークショップに向けて歩き始めています。(大越はづき/伊藤香苗)
シュヴェリンに帰ってから2週間たちましたが、バッハの森で、皆様とご一緒に過ごした素晴らしい日々を思い出しています。今年も種々な形で経験することができた皆様の友情に深く感謝いたします。毎年、つくばの2週間は本当にzu Hause(アト・ホーム)です。わたしたちは、音楽造りと会話、それにご馳走を楽しみました。振り返って見ると、バッハの森クワイアは本当に良くなったと思います。特に第1コンサート「復活祭の歌」は最高の思い出です。皆様がさらに多くの喜びをもって練習に励まれるよう希望いたします。
帰宅後すぐ再び沢山の仕事が始まりました。ヤンの故郷のオストフリースランドの小さな村の教会で、わたしたちは一緒にコンサートをしました。教会の周囲は、牛がいる緑の牧場と黄色い菜種畑でした。ヤンはシュヴェリンでもオルガン・コンサートを開き、セザール・フランクの3つのコラールを演奏しました。
夏休みが始まる前に、堅信礼、聖歌隊のコンサート(モテットとマドリガルを歌います)、教会員の遠足、少年・少女合唱団員とする3日間の自転車旅行などがあります。
マインデルトは、アリオスティのオペラの練習をしています。300年前に上演されてから、ベルリンで今回初めて再演されるオペラです。