バッハの森通信 第91号 2006年4月20日発行

巻頭言

分かち合いたい感動

  彼岸を思うことで知る命の真相

 バッハの森のコンサートには、いつも感動があります。決して作為的に“涙を誘う”ようなことはいたしませんが、演奏者も参加者も、思わず涙する光景をしばしば見かけてきました。それにしても、先日、春分の日の創立記念コンサート「受難物語」の後で、何人もの方々が、ほとんど涙ぐみ、声を詰まらせて感想を語ってくださったのには驚きました。そこまで感動していただけるとは、考えていなかったからです。
 ひたちなか市から参加したOさんは、次のような感想を書き残してくださいました。「イェス・キリストの受難の様子が、朗読と共にスライドの絵によって繰り広げられ、十字架に至る苦しみや痛みがだんだんと胸に迫ってくるのを感じ、涙が出てしまいました。これまでは、単に一つの物語として読んでいたお話しでしたのに」。

       *     *     *

 受難物語は、最後の晩餐、ゲッセマネの園、逮捕、裁判、死刑判決、十字架、死、埋葬と展開するイェスの最後の二日間を伝えます。受難物語を題材に、キリストの十字架を記念する聖金曜の夕拝のため、バッハは有名な「マタイ受難曲」を作曲しましたが、彼が活動していたライプツィヒのトマス教会では、受難曲のような音楽が演奏されるようになる前は、受難物語を歌詞にしたコラールを、会衆全員で歌っていました。
 その中に、「イェスの苦しみと痛みと死」という34節からなる長い歌があります。今回は、このコラールに基づくバッハの編曲4曲を合唱し、13節を参加者全員で歌いました。ジオット、フラ・アンジェリコ、エル・グレコなど、13世紀から17世紀の画家たちが、受難物語の各場面を描いた名画のスライドを映しながら、物語進行役の福音史家、イェス、大祭司、総督ピラトなどの配役を分担して朗読し、各場面をコラール斉唱で締めくくるという形式を、受難曲から借用しました。
 このようにして、参加者全員で受難物語を語り、歌っていくうちに、誰もが受難物語の劇的展開の中に巻き込まれていったのです。ある方は、「バッハの森奏楽堂の木の香りと共に、私自身、ゲッセマネの園にいるような気持ちになりました」と言っていました。

       *     *     *

 受難物語は、決して楽しいお話しではありません。拷問され、嘲笑され、十字架上で血を流すイェスの姿を描く絵に、目を背け、抵抗を感じた方もいたと思います。それでも、感動があったのはなぜでしょうか。
 コンサートの後片づけをしながら、合唱に参加したKさんが、感動で声を詰まらせながら話してくれました。「人は死後どうなるか、本人には分からないと思うんです。だけど、後に残って生きている者は、死んだ人の生き方や死に方から、自分はどう生きなければならないか、ということを知るのじゃないでしょうか」。まだ死が抽象概念である若い人が、ナザレのイェスの鮮烈な死に方から、人間の生と死の真相を直感したことに、そろそろ後がないと感じている70代の私は感動しました。
 コンサートで歌ったコラール最終節の前半は、次のような歌詞です。「一度(ヒトタビ)死にて、永遠(トワ)に生くる、主の御許(ミモト)のみ、我はのぞむ」。当然、キリスト教徒の表現ですが、より普遍的に解釈するなら、彼の死に方に学んで生きれば、彼も私たちも永遠に生きているという意味でしょうか。同様の思いを、コンサートの最後に演奏されたバッハのオルガン曲、「主よ、聖霊なる神よ」は、生き生きとした動きが突然中断され、いきなり始まる強烈な不協和音の連続の後で、スッと解決して終わる音楽で表現していました。活発に生きていた人を襲った死の苦しみが、一瞬で永遠の命に変わる不思議です。
 お彼岸の日に、(言うまでもなく、彼岸とはこの世の向こう岸の“かの世”のことです)、私たちは、受難物語により“かの世”を思い、命の真相を知って感動しました。バッハの森で、さらに多くの皆様と、このような感動を分かち合いたいと願っております。(石田友雄)

R E P O R T/リポート/報告 

「バロック教会音楽研究会/宗教音楽セミナー」と
「宗教詩を読む」の参加者たちが語る
 言葉が先にある音楽の面白さ


 生き甲斐になったオルガン

 バッハの森では、2003年秋から、石田友雄と石田一子が講師になって、コラールとカンタータとオルガン編曲を同時に総合的に学ぶ学習プログラム「バロック教会音楽研究会」が始まりました。2005年秋から「宗教音楽セミナー」と名称を変更し、さらに「宗教詩を読む」を開講して、ドイツ語とラテン語の歌詞を初級文法まで確かめながら読んでいます。
 これまでに7曲のカンタータとミサ曲・ロ短調、それに関連するコラールとそのオルガン編曲を学びました。現在参加しているメンバーに、この学習プログラムを中心に、バッハの森で学んだことについて話し合っていただきました。

      *     *     *

司会 あなたは、いつからバッハの森の活動に参加なさ
 いましたか? それで何年たちましたか?

A 1992年11月からですから、今年で14年になります。

B 私は1999年9月から。もう7年たちました。

C 2000年1月11日です。

D 2005年1月、わずか1年3ヶ月の新入りです。

B ズーッと前からいらっしゃったみたい(笑)。

E 1989年だから今年で18年目でしょうか。

一同 すごい!

F 1998年1月から9年目です。

G 2001年11月にうかがいました。

H 2003年9月からです。

歌詞と音楽の結びつきを学ぶ

司会 何を期待してバッハの森の活動に参加なさいまし
 たか? また活動を通して何を学びましたか?

A 歌を学びたかったのですが、どの時代のどの分野の
 歌を学べばいいか、はっきりしていませんでした。そ
 のとき「バッハは面白い」と恩師から聞いたことを思
 い出して、バッハの森のセミナーに参加してみました。
 そうしたら、バッハの偉大な音楽が、キリスト教文化
 を土台とする西洋音楽の一部であることを知らされま
 した。今まで考えたことがない問題でしたが、その面
 白に惹かれて通い始めたのです。最近は、音楽を通し
 て社会の成り立ちや、人間の生き方まで考えさせられ
 ることに面白さを感じています。

B 合唱がしたくて参加しました。ここでは、“がならな
 い”で響きを大切にすることを学びました。

C 私は、パイプオルガンを弾くことを楽しみに参加し
 ましたが、バロック時代の音楽や絵画、特にバッハの
 音楽と聖書の密接な関係を知りました。

D 私も少女の頃から憧れてきたオルガンを習いたくて
 参加させていただきました。それに、これまでバッハ
 以前の音楽については余り勉強する機会がありません
 でしたので、今まで知らなかったこの時代の音楽につ
 いて学びたいと思ってまいりました。オルガンのレッ
 スン、合唱、セミナーに参加させていただくたびに、
 沢山の新しいことを学び、閉まっていた扉が少し開い
 た感じがしております。長い間、音楽を学んできたつ
 もりでしたが、バッハの森の活動に参加して、自分が
 いかに何も知らなかったかということを思い知らされ
 ました。

E ハンドベルを振りたくて参加しました。ハンドベル
 は今も続けていますが、アーレント・オルガンが建造
 されてから、オルガンも学び始めました。バッハの森
 で新ししく学んだことはコラール音楽だと思います。

F 私は漠然と“音楽がうまくなりたいなあ”と思って参
 加しました。そうしたら、これまで苦手で避けていた、
 例えば、歌、朗読、和声なども、総合的に学べば楽し
 く学べることが分かりました。音楽をするためには、
 まず歌詞とその出典(大抵、聖書)を知り、そこから
 イメージをふくらませる方法も学びました。

G 未知の世界だった教会音楽を知るため参加しました。
 コラールのオルガン編曲を弾くためには、歌詞を深く
 読みとり、歌詞と音楽がどのように結びついているか
 考えなければならないことが分かりました。 

H オルガンを勉強したくて参加してみて、コラールを
 学ぶことの大切さを知りました。

いろいろな解釈を知る


司会 「宗教音楽セミナー」では、何を学びましたか?

A バッハとその他の音楽家による、コラールのオルガ
 ン編曲によって、いろいろなコラールの解釈を比較で
 きました。さらに、そのコラールをバッハがカンター
 タでどのような音楽にしたかということを学び、多く
 のことが分かりました。これまで、教会暦に沿って選
 んだカンタータとそのコラールをセミナーのテーマに
 してきましたが、先ず重要なコラールを選んで、その
 オルガン編曲や、そのコラールが用いられているカン
 タータを学ぶという方法もあると思います。

B 他の方々のオルガン演奏を聴いて、それぞれ特徴が
 あり、解釈が違い、それに従って音栓の選び方が違う
 ことが分かり、とても勉強になりました。

C 同一コラールによるいろいろな作曲家のオルガン編
 曲を比較して学べたことです。

D バロック教会音楽は聖書から離れて学ぶことはでき
 ない、ということを痛感しました。

E カンタータのレチタティーヴォの通奏低音を弾いて
 みて、和声を学ぶことができました。

F 私もレチタティーヴォの通奏低音とコラールの和声
 付けをしてみることに、とても興味を持ちました。
 それに、バロック時代までのキリスト教の教理を学ぶ
 ことができました。

声に出して覚えること

司会 「宗教詩を読む」では、何を学びましたか?

A “見ない、書かない、(余計なことを)考えない”と
 いう「三ない方式」で、基本的文法に基づいて歌詞を
 理解して覚えるようドリルをしたので、単なる暗記と
 は違って、音楽を歌うときも聴くときも、スーッと分
 かるようになってきました。

B 歌詞の内容が身につき、理解が深まりました。

C ミサ曲のラテン語をしっかり学べたことが良かった
 と思います。でも文法はやはり苦手です。

D この時代の音楽では、“言葉”が先だったということ
 を知りました。だから、言葉を学ぶ時は、“声に出して
 覚える”ことが、いかに重要かということも学びまし
 た。でも“書かない”は大変です。一寸、メモを取ら
 せていただけると有り難いのですが。

E このクラスで学んだことは、何でもとりあえずやっ
 てみる、やってみればできる、ということでした。

F ドイツ語とラテン語の基礎文法が分かりました。

G ミサのラテン語を学んだおかげで、以前よりその内
 容が理解できるようになったと思います。コラールに
 ついても、文章の表面的な意味だけではなく、その奥
 にあるものや、同義語の言い換えでイメージが広がる
 ことなど、歌詞全体が何を表しているか、深く読み取
 る必要を教えられました。特にコラールの歌詞の強調
 部分と音楽が密接に関連していることに興味を持ちま
 した。

司会 1989年以来、バッハの森の活動に18年間も参加
 なさって、今、ここにご出席の皆さんの中で一番古い
 メンバーであるEさんにうかがいますが、あなたが熱
 心に学び続けてこられたオルガンは、あなたにとって
 何なのですか? 

E オルガンは私の生き甲斐です。

司会 有り難うございました。

     *     *     *

「バロック教会音楽研究会/宗教音楽セミナー」で学んだ「J. S. バッハのカンタータ」と「ラテン聖歌」

2003年
カンタータ「目覚めよ、と我らに呼ばわる見張りたちの声あり」(BWV 140)

2004年
カンタータ「わが魂は主をあがめ」(BWV 10)
 「われを愛す者、彼はわが言葉を守らん」(BWV 59)
 「いざ来たれ、異邦人の救い主よ」 (BWV 62)
ラテン聖歌「マニフィカト」/“Magnificat”
 「来たりたまえ、異邦人の救い主よ」/“VeniRedemptor gentium”

2005年
カンタータ「キリストは死の縄目につながれ」 (BWV 4)
 「汝にのみ、主イェス・キリスト」(BWV 33)
 「キリストを我らいざ誉め称えん」 (BWV 121)
ラテン聖歌「過ぎ越しの犠牲に称賛を」/“Victimaepaschali laudes”
 「太陽の昇る所の果てより」/“A solis ortus cardine”

2006年
ミサ曲・ロ短調(BWV 232)
 「キリエ」「グローリア」

日 誌(2006.1.1 - 3.31)

1. 13  開始 2006年春のシーズン
運営委員会 参加者6名。
取材 中島林彦氏(日本経済新聞つくば支局長)

1. 20 掲載 「バッハと聖書・研究究める・つくばで
    私塾・バッハの森20年」『日本経済新聞』

1. 21  中止 雪のため「ハンドベル」「合唱」「声楽ア
    ンサンブル」。JSBの代わりにカンタータ研究会、
  参加者7名。

2. 10  運営委員会 参加者5名。

3. 1 見学 日本建築家協会関東甲信越支部住宅部会
参加者30名。

3. 10  運営委員会 参加者5名。

3. 16 大掃除会 参加者10名。

3. 18 理事会・評議員会 財団法人筑波バッハの森文化
    財団、参加者10名。

3. 21 創立記念コンサート「受難物語」 参加者39名。

3. 23 来訪 碇高明氏(草思社)

3. 30〜4. 8 滞在 ルット・ヴィンドルフ(ドイツ・ユ
    ーバーリンゲン)、マリア・ヴェンツロフ=シモ
   ニプールー(アテネ)

J. S. バッハの音楽鑑賞シリーズ
「コラールとカンタータ」(JSB)

1. 14 第163回(新年後主日)、カンタータ「見たまえ、
 愛する神よ、いかにわが敵」 (BWV 153);オルガン:
 J. S. バッハ「あぁ、神よ、天より見下ろしたまえ」
(BWV 741)、石田一子。参加者21名。

1. 28 第164回(エピファニアス)、カンタータ「彼ら
 は皆サバより来たらん」(BWV 65);オルガン:D. ブ
 クステフーデ「みどり児生まれぬベツレヘムに」(Bux
 WV 217)、伊藤香苗。参加者14名。

2. 4 第165回(マリア潔め祭)、カンタータ「平安と喜
 びもて我かなたへ行く」(BWV 125);オルガン:「同上」、
 海東俊恵。参加者21名。

2. 18 第166回(エピファニアス後第4主日)、カンター
 タ「神、この時、我らと共にいまさずば」(BWV 14);
 オルガン: J. N. ハンフ「同上」、金谷尚美。参加者
 14名。

2. 25 第167回(エストミヒ)、カンタータ「汝ら見よ、
 我らはエルサレムへ向かいて上る」 (BWV 159);オル
ガン: J. S. バッハ「心より我慕いまつる」(BWV 727)、
 古屋敷由美子。参加者15名。

3. 4 第168回 ミサ曲・ロ短調(BWV 232)(1)
 “Kyrie eleison”, “Christe eleison”, “Kyrie eleison” ;オ
 ルガン:J. S. バッハ「キリエ、永遠の父なる神よ」、
「クリステ、全ての世の慰めよ」、「キリエ、聖霊よ」
  (BWV 672〜674)、比留間恵。参加者16名。

3. 11 第169回 ミサ曲・ロ短調(BWV 232)(2)
 “Gloria in excelsis”, “Et in terra pax”, “Laudamus te”,
“Gratias agimus tibi”;オルガン:J. S. バッハ「いと高
 くいます神にのみ栄光あれ」(BWV 675, 715)、海東俊
 恵。参加者16名。

3. 18 第170回 ミサ曲・ロ短調(BWV 232)(3)
 “Domine Deus”, “Qui tollis peccata mundi”, “Qui sedes”,
 “Quoniam tu solus sanctus”, “Cum Sancto Spiritu”; オル
ガン:J. S. バッハ「キリスト、汝、神の小羊よ」(BW
 V 619)、古屋敷由美子。参加者16名。

3. 25 第171回 ミサ曲・ロ短調(BWV 232)(4)
 “Credo in unum Deum”, “Patrem omnipotentem”, “Et in
unum Dominum”, “Et incarnatus est”, “Crucifixus”, “Et
resurrexit”; オルガン:J. S. バッハ「我らみな信ず、唯
 一の神を」(BWV 680, 681)、金谷尚美。参加者10名。

学習コース

カンタータ入門 1. 13/14名、1. 27/14名、2. 10/
13名、2. 24/10名、3. 10/12名、3. 24/12名。

入門講座:聖書と歴史 1. 13/7名、1. 20/5名、
1. 27 /7名、2. 3/6名、2. 10/4名、2. 17/5名、
 2. 24/7名、3. 3/7名、3. 10/7名、3. 17/8名、
3. 24/7名、3. 31/7名。

宗教音楽セミナー 1. 20/13名、2. 3/13名、2. 17/
13名、3. 3/13名、3. 17/11名、3. 31/9名。

宗教詩を読む 1. 20/10名、2. 3/9名、2. 17/10名、
3. 3/11名、3. 17/6名、3. 31/7名。

バッハの森ハンドベルクワイア 1. 14/7名、1 .28/
8名、2. 4 /8名、2. 18/7名、2. 25/8名、
3. 4/6名、3. 11 /7名、3. 25/5名。

バッハの森クワイア(混声合唱) 1. 14/17名、1. 28
/18名、2. 4 /19名、2. 18/18名、2. 25/17名、
3. 4/13名、3. 11 /14名、3. 18/14名、3. 25/
12名。

声楽アンサンブル 1. 14/11名、1. 28/10名、2. 4 /
13名、2. 18/13名、2. 25/6名、3. 4/9名、
3. 11 /13名、3. 18/12名、3. 25/9名。

パイプオルガン入門コース 1. 18/4名、1. 25/2名。

パイプオルガン教室 1. 12/2名、1. 19/6名、1. 26
/6名、1. 27/6名、2. 2/7名、2. 9/4名、
2. 10/6名、2. 15/4名、2. 16/7名、2. 23/4名、
2. 24/5名、3. 2/7名、3. 10/5名、3. 16/7名、
3. 23/3名、3. 24/6名。

声楽教室 1. 14/4名、1. 20/2名、1. 21/3名、
1. 27/2名、1. 28/4名、2. 3/2名、2. 4/4名、
2. 17/2名、2. 18/5名、2. 24/2名、2. 25/2名、
3. 3/2名、3.4/3名、3. 11/5名、3. 17/2名、
3. 25/3名、3. 31/2名。

寄付者芳名(2006.1.1 - 3.31)

この間に4名の方々から計30,000円のご寄付をいただきました。
また、建物修繕費用・積立会計のために、52名の方々から計259,400円のご寄付をいただきました。
感謝をもって報告いたします。