「バッハの森」という名前から、いろいろなイメージが湧くようです。時にレストランやキャンプ場と間違えた問い合わせがあります。これはまだしも、老人ホームか、と聞かれたときは、うーんとうなりました。
ところで、もっと微妙な誤解をしばしば受けます。バッハの森は教会ですか?という質問です。質問しなくても、そう思いこんでいる人は大勢いるようです。教会ではありません、と答えても、教会音楽(宗教音楽)を学んでいますと言うと、やっぱり教会じゃないか、という顔をされます。まして、「聖書と歴史」という講座もあります・・・などと言うと、今度は、なぜ教会じゃないの?と思われるようです。
要するに、聖書はもちろん、教会音楽は教会でするものという常識が、一般の方々に浸透しているのです。多勢に無勢、教会と思われても仕方ない、と諦め気分になることもありますが、やはり、バッハの森は教会でも宗教団体でもありません、と言い続けて21年たちました。
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実を申しますと、「バッハの森は教会ではありません」と答えて、自分自身、釈然としていないのです。確かに、バッハの森では、礼拝も祈祷も献金も信仰告白も伝道もしませんから、絶対に教会ではないのですが、それは多少なりとも教会が何をしているか知っている人に通用する「常識」であって、もともとキリスト教と教会を知らない、一般の方々に分かってもらえなくて当然です。
そこで、説明が必要です。今から300年前にドイツの教会の礼拝のために作曲していたバッハの音楽には(それまで教会に伝えられてきた音楽も含め)、その普遍的な高い芸術性と深い思想性のゆえに、キリスト教の枠を越えて、世界中の人々に感動を与える力が宿っています。バッハの森は、このような宗教音楽に魅了された人々が集まるところです。ですから、「教会ではない」という説明は、「教会の枠を越えている」ということを意味しているのです。
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初めてバッハの音楽を知ったのは、7歳のときに「マタイ受難曲」に感動した経験だ、という告白を読んだことがあります。ありうる話だと思いました。感受性豊かな子なら、それが何を表現しているか全く分からなくても、涙が出そうになったのでしょう。「マタイ受難曲」は、それほどすごい「普遍性」をもった音楽なのです。
問題は、バッハは、日本人の子供でも分かるような音楽を作曲しようと考えていたわけではない、ということです。それに私たち自身、いつまでも7歳の子供に留まっているわけにはいきません。子供のときは、ほとんど感性だけでバッハの音楽を聴き、感動することができます。しかし成人すれば、バッハが音楽に籠めた思想を理解することにより、子供のときは分からなかった「大人」の感動を味わうことができるようになるのす。
バッハの森は「大人」の集まりです。ですから、音楽的感性を磨きながら、同時にバッハが聖書に基づく「歌詞の朗唱として作曲した音楽」(シュヴァイツァー)を学び、その音楽に籠められている、想像を絶する豊かな象徴や思いに魅了されてきました。
具体的には、合唱、オルガン、ハンドベル、最近は弦楽も加わり、いろいろな形で「歌詞を音楽にした」バッハとバッハ以前の音楽家が作曲した音楽を再現してみます。同時に、このような音楽の基礎になっている「歌詞」を発音し、その意味内容とそこに籠められている思いを確かめます。何と難しいことをしているのか、とおっしゃいますか? 勿論、易しいことではありません。しかし、今、バッハの森に集まっているメンバーは普通の大人です。ただ余りにも面白いので、バッハの森に「はまってしまった」人たちです。
これでも、やはりバッハの森は「教会」だと思いますか? それより、こんなに面白いことがあるのに、参加しないのは損だと思いませんか?(石田友雄)
バッハの森の活動の中心となっているJSBについて4人の方々に報告していただきました。
毎週土曜日午後6時〜7時に開かれる公開講座「コラールとカンタータ」は、参加を楽しみにしている会です。先日、5月30日の会では、カンタータが「お前はお前の主である神を愛さなければならない」(BWV 77)、コラールが「こは聖なる十戒なり」でした。コラールを歌いながら、初めてこのコラールと出会った頃のことを思い出していました。それは15年も前のことになります。
当時、それまで続けて来た「コラールとカンタータの会」を「J. S. バッハの世界」と改名し、プログラムの順序も少々変更して、毎月1回、日曜日の午後2時30分から始まるようになりました。前半でカンタータの解説があり、後半は「コラールとカンタータの楽しみ」と名付けた、バッハの教会の礼拝順序を大枠にしたコンサートになりました。ハンドベル・クワイアのメンバーが、ハンドベルでその日のコラールを演奏し、「キリエ」をオルガンと交唱しました。
この会でコラール「こは聖なる十戒なり」を初めて歌ったとき、難しくて親しみをもてないメロディーだと感じました。「変な曲ねえ」とある方が言ったことも思い出されます。その日は外から招いたオルガニストが、強い厳しい音で沢山の曲を演奏なさいました。この旋律に親しみを感じなかったのは、そのせいかもしれません。
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あれ以来、今日まで、名称は変わっても内容は同じ、この会に参加して、沢山のカンタータの解説を聞き、コラールを歌ってきました。この間に、好きになったコラールも沢山できましたし、不思議なことに少しずつ心に残るようにもなってきました。「十戒」のカンタータとコラールもその一つです。先日は、12節ある「十戒」の歌詞を味わいながら歌いました。そのオルガン編曲にも心が惹かれ、楽譜を開いて弾いてみたくなりました。
現在はこの会で、一子先生のオルガンクラスの受講生が、交替でオルガンを弾いています。コラールの前奏と伴奏を、オルガニストが各人、工夫を凝らして弾くので、それを聴きながら、今日はどのように歌わせてくれるかしらと、毎回楽しみにしています。こうしてコラールの歌詞を味わいながら歌っていると、伴奏のアレンジからオルガニストのコラール解釈が垣間見られるのも面白いことです。わずか1時間のプログラムですが、とても楽しい会です。(横田博子)
今の私にとって、バッハの森の「コラールとカンタータの会」に通年、毎週、参加することは、J. S. バッハのカンタータの最も楽しい鑑賞法です。「毎週」というのがミソです。この会が始まった当初、時々しか参加できなかったため、その重要性が感得できなかったのですが、その後生活パターンが変わり、毎週参加できるようになると、いろいろなことが見え始めました。
バッハのカンタータは、一曲一曲が特定の主題と、それに調和した音楽からなる完結した芸術作品ですが、これらを、教会暦に従って、毎週、それがバッハの教会で演奏された、日曜日や祭日のための福音書の朗読と友雄先生の解説を通して聴いていくと、それが一連の物語になっていることに気づきます。つまり一年聴き続けると、イェス・キリストの生涯と思想の表現になっていることが見えてきて、断片的に聴いていた時には分からなかった、教会暦本来の流れに出会うことができるのです。このような味を知ると、もう病みつきです。
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さらにこの会では、その日のカンタータの主題コラールを、参加者全員がオルガン伴奏で歌います。コラールの歌詞は友雄先生が日本語に訳してくださったものです。コラールが非常に長い場合は数節省略されることもありますが、基本的には全節歌います。先日も「こは聖なる十戒なり」(Dies sind die heilgen zehn Gebot)を全12節歌いました。このコラールは、現代人には一寸馴染みがないメロディーやリズムですが、12回も繰り返し歌えば、さすがに覚えてしまいます。こうして、コラールの歌詞と旋律をしっかり覚えることにより、カンタータを聴くための基礎が蓄積され、毎週繰り返せば財産になります。このようにして、先人たちが皆で共有の財産を築き上げたことを知り、自分も今その一員に参加しているという感激を味わうことができるのです。
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この会には、カンタータの鑑賞以外にもう一つの楽しみがあります。同一コラールをいろいろな作曲家が編曲したオルガン曲の演奏です。カンタータはCDで聴きますが、オルガン演奏は、名工ユルゲン・アーレントがバロック様式で建造した楽器を用い、相応しいスタイルによる生演奏です。ここには、古い美術品の前に立ち、時間を越えて作者と同じものを見ているのに似た感動があります。「聖書」と「コラール」という宗教文化遺産を、見事な芸術作品にしたバッハ。その価値を実感させてくれる「コラールとカンタータの会」。感動のひと時です。(比留間恵)
2000年の秋のシーズンの初めに、オルガンと斉唱でコラールをなぞり、CDでカンタータを聴くシリーズを始めると聞いたとき、昔、公民館などでよくやっていたレコード鑑賞会のネガティヴなイメージが頭をよぎったのを覚えております。しかし初回に、テーマ・コラールのオルガン編曲を聴き、コラールを自ら歌い、その日の福音書の朗読を聴き、解説を聞いて内容を理解したうえで、CDでカンタータを聴き、再度コラールを歌い、そのオルガン編曲を聴き、理解の再確認をする、という流れに接して、ネガティヴなイメージがたちまち払拭されたことを思い出します。
あれから6年経ち、手許には会の最中に書きこみをした100数十曲分のテキストがたまりました。最近、教会カンタータのCD全集を入手して、少しずつ聴いているのですが、この書きこみをしたテキストが、大切なカンタータの解説書になっています。毎回、毎回、歌詞の対訳、コラールの邦訳をしてくださる友雄先生のご苦労、オルガニストの方々の準備等、頭の下がる思いです。私の知る範囲では、カンタータの解説というと、いきなり音楽について論じているものがほとんどで、コラールを出発点としてカンタータの歌詞の内容とその背景、そしてその結果現れてくる音楽、というアプローチをとるものは希ではないかと思います。
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毎回、カンタータの歌詞の中での言葉の使われ方、その背景にあるキリスト教の考え方などに、なるほどと納得したり、日本人の自分には得心のいかない概念だと感じたり、いろいろと考えさせられます。音楽に関しては、言葉に対して思わぬ音の使い方がなされていて、突然驚かされたりして、面白い時を過ごさせていただいております。
シリーズという形式をとり、今や190回にもなろうとするこの会の面白さが、直接参加した人にしか伝わらないのは、とてももったいない気がしてなりません。解説をテープから起こして何か形あるものに出来ないか、と考えております。
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以前はカンタータの終曲が単純4声のコラールで終わるのが、どうにも物足りないと感じていたのですが、この会を通してコラールを基本としてカンタータを聴くことに慣れると、単純4声のコラールで終わらない曲のときに、終わったような気がしなくなってしまいました。最近、終曲のコラールを聴いているときに、「いろいろガチャガチャと音楽を付けてみたけれど、やっぱり要はコラールじゃ」というバッハ大先生の声が聞こえたような気がしたのは、考えすぎでしょうか? (田中明彦)
「コラールとカンタータ」が開かれる土曜日午後6時、私はこの時間が大好きで、いつも心待ちにしています。
今から1年8ヶ月前、バッハの森・オルガン教室の受講生募集の広告が目に止まり、喜び勇んで生徒に加えていただきました。その頃、「コラールとカンタータ」の会にも初めて参加しました。
初めて参加したときのことはよく覚えています。まず奏楽堂に響き渡る荘厳なパイプオルガンの演奏の格調高い音色に魅了され、これだけでも十分だと思ったほどでした。それに続いて参加者全員のコラール斉唱がありましたが、贅沢なオルガン伴奏付きだったので、満ち足りた気分で皆様と一緒に歌うことができました。それからカンタータの解説、CDによるカンタータ鑑賞、再びコラールの斉唱と続き、最後にオルガンの演奏でプログラムが終了しました。わずか1時間の中で、参加者が理解を深め、美しい音楽を楽しめるように考えられた、内容の豊富な、サービス満点のプログラムでした。
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しかし、良い音楽を聴いて楽しい気分になったものの、カンタータの歌詞の出典である聖書や、カンタータの枠組みである教会暦については、知識も教養も皆無に等しかったので、友雄先生の解説をうかがっても、生まれて初めて耳にすることばかりでした。これまでにも、バッハのカンタータは、機会あるたびに聴いていましたが、その内容については何も知らず、ただ音楽としての美しい雰囲気だけを楽しんできたことが分かり、愕然としました。その場に独り取り残されたような気持ちになったことを覚えています。
友雄先生・一子先生から、「知らないのは恥ずかしいことではありません。落ち込むことはありませんよ、今から学べばよいのですから」と励まされ、とにかくその後も、引き続きこのプログラムに参加してまいりました。分からないまま、友雄先生の解説に耳を傾け、バッハの森の別のセミナーにも参加し、回を重ねているうちに、すこしづつ目の前にあった壁が崩れてきたような気がします。まだまだ理解にはほど遠い所にいますが、カンタータが作曲された背景となっている深い内容を学ぶことによって、作品の聴き方や楽しみ方が変わり、より充実した思いを感じることができるようになりました。
思えば、このような機会に出会うまで、随分長い年月を要してしまいましたが、遅ればせながら、こうしてスタートラインに立って学び始めることができたことを、大変幸福に思っています。毎週土曜日の「コラールとカンタータ」は、バッハの森以外ではなかなか得ることができない内容の学びの場であるうえ、カンタータとオルガン演奏を満喫させていただける、教養講座とコンサートを一度に経験できる大変魅力的なプログラムです。この会を私はいつも楽しみにしています。(住田眞理子)
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夏休みの間に、聖書の国資料館の屋根の葺き替えと外壁塗装をしたバッハの森で、学習コース・秋のシーズンが9月7日に始まりました。1ヶ月たって見えてきた、より充実した活動の様子を、2つのコースの現場から報告します。
毎週1回、12回のレッスンで、バッハの森のアーレント・オルガン演奏の手ほどきを与えることを目的として、一昨年秋のシーズンに始めたコースです。このコースで、今年の秋のシーズンは、3人の受講生が、大変熱心に学習中です。
個人レッスンですから、予備知識や技量については、3人3様で構わないのですが、たまたま3人とも、これまでピアノを相当学んできたがオルガンは初めて、という方々だったので、ほぼ同程度のレッスンをしています。ご参考までに、レッスンの内容を報告しましょう。
まず理解してもらうことは、オルガンとピアノが両方とも鍵盤楽器であるため、外見は似ていますが、本質的に違う楽器だということです。ピアノはハンマーで弦をたたいて音を出しますが、オルガンは鍵盤を押し下げることによりパイプ(管)に風を送って音を出す仕組みになっている楽器です。そのため、正しい打鍵の方法を理解して実践しなければ、特に敏感なアーレント・オルガンから本当に美しい音を引き出すことができないのです。
ピアノの演奏に慣れている人たちは、頭では理解しても、すぐピアノのように弾いてしまいます。オルガンに慣れるには、誰でも時間がかかりますが、3人とも随分早く慣れてきたようです。
次にレッスンの課題曲として、コラールとその変奏曲を取り上げました。クリスマス・コンサートのためにバッハの森・クワイアが歌っている“Gelobet seist du, JesuChrist” (M. ルター、1524年)と、S. シャイトのオルガン編曲です。ドイツ語は大学で習ったけれど忘れてしまったとか、横文字に弱いんです、というような言い訳は一切お構いなしです。最初はドイツ語で歌詞の初行だけでいいから覚えることを要求しました。なぜなら、コラールの固有名は初行です。初行をドイツ語で言えないということは、何というコラールを学んでいるのか言えないことであり、要するに、オルガン曲にとってコラールは余り意味がないということになるからです。
このコラールは各節4行+キリエライス、全7節の短いクリスマスの歌です。そこで、少なくとも第1節はドイツ語で覚え、2節から7節は日本語訳でもいいから、各節何を言っているのか、考えて来るのが宿題です。その上で、まずコラールの歌詞をドイツ語で読み、歌い、歌詞の抑揚に合わせて、コラール旋律を弾いてもらいます。このとき歌詞の中のキーワードと音楽の強拍が一致することや、「息」がないと「歌」にならないことなどが明らかになります。これを繰り返すことによって、オルガンのタッチとコラール音楽の基本が分かってきます。
問題は、1回30分と決めてあるレッスンの時間が、すぐ60分になってしまうことです。ロマン派に始まるピアノ音楽とは全く違うバロックの教会音楽に、オルガン入門とともに初めて接する受講生の皆さんに、どうしても知っておいてもらわなければならないことが多すぎて・・・と言い訳けしながら、講師がおしゃべりのせいか、受講生の皆さんが熱心なせいか分かりませんが。
皆さんが、この入門コースを通してバロック時代の教会音楽が、いかに内容豊かな音楽であるかということを知り、今後ずっとこのような音楽に興味を持ち続けてくださることを願っています。(K)
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秋のシーズンから始まった新しいコースです。参加者募集中。時間は毎週金曜日午後7時45分〜9時30分。指導は住田眞理子さん(ヴァイオリニスト)。
現在、ヴァイオリン2人、チェロ2人、住田さんをいれて全員5人の小アンサンブルです。少なくとも、もう4、5人の参加を期待しています。特にヴィオラ歓迎です。人数がそろえば、コレルリやパッヘルベルなどを演奏する予定ですが、今はバッハのカンタータ147番の有名なコラールなどで、音楽造りを楽しんでいます。
去る10月6日は、台風なみに発達した低気圧が日本列島の東方海上を北上したので、バッハ森周辺も強風が吹き荒れ、土砂降りの雨が降る最悪の天候でした。その上、ここは都会の真ん中ではありませんから真っ暗でした。生憎のお天気に、こんな日は休む人が多いのではないか、と心配していましたところ、全員、時間どおりに集まったではありませんか。車で1時間もかけて来るHさんに「よくいらっしゃいましたね」と声をかけると、「あの楽しさが忘れられなくて・・・」と答えてくださいました。(T)
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2006.7.1 - 10.7
2名の方々から計20,500円のご寄付をいただきました。
2006.7.1 - 10.6
33名の方々から計501,100円のご寄をいただきました。
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7. 2 来訪 鳥居俊夫(磐田バロックコア指揮者)・美代子氏夫妻。
7. 14 改修工事開始 セミナーホール、聖書の国資料館。
来訪 中家盾(栃木教会牧師)・由布氏夫妻。
7. 25 取材 上野ゆかり氏(「サワワ」編集室)。
8. 21 取材 佐々木修氏(リクルート住宅情報部)、大泉裕氏(カメラマン)。
8. 30 ポジティフ修理 田尻隆二氏(高山オルガン製作所)。
9. 6 セミナーホール賃貸(グローバル研修企画)30名。
9. 9 ポジティフ調律 田尻隆二氏。
9. 7 秋のシーズン開始
9. 8 運営委員会 参加者6名。
10. 5 取材 五十嵐せい氏(ライター)、上野ゆかり氏。
10. 6 運営委員会 参加者5名。
9. 9 第182回(三位一体後第2主日)、カンタータ「天は神の栄光を語り」(BWV 76);
オルガン:S. シャイト「神が私たちに恵み深く」、石田一子。参加者23名。
9. 16 第183回(三位一体後第6主日)、カンタータ「救いは私たちに来た」(BWV 9);
オルガン:J. S. バッハ 「同上」(BWV 638)、伊藤香苗。参加者20名。
9. 30 第184回(三位一体後第13主日)、カンタータ 「お前はお前の神である主を愛さなければならない」(BWV 77);
オルガン:J. S. バッハ「こは聖なる十戒なり」(BWV 679)、比留間恵。参加者18名。
10. 7 第185回(三位一体後第16主日)、カンタータ「キリスト、彼は私の命です」(BWV 95);
オルガン:J. G. ヴァルター「同上」、海東俊恵、ヴァイオリン:住田眞理子。参加者19名。
バッハの森クワイア(混声合唱) 9. 9/15名、9. 16/17名、9. 30/16名、10. 7/15名。
バッハの森ハンドベルクワイア 9. 9/7名、9. 16/8名、9. 30/7名、10. 7/7名。
声楽アンサンブル 9. 9/9名、9. 16/9名、9. 30/12名、10. 7/11名。
弦楽アンサンブル 9. 8/2名、9. 15/2名、9. 22/2名、9. 29/4名、10. 6/4名。
宗教音楽セミナー 9. 8/9名、9. 22/9名、10. 6/10名。
宗教音楽入門 9. 15/11名、9. 29/8名。
パイプオルガン教室 7. 12/2名、7. 13/3名、8. 9/3名、8. 22/2名、9. 5/4名、
9. 7/4名、9. 12/4名、9. 13/4名、9. 14/7名、9. 16/2名、9. 20/4名、
9. 21/4名、9. 27/8名、9. 28/6名、9. 30/2名、10. 4/4名、10. 5/4名、10. 7/2名。
声楽教室 9. 9/2名、9. 15/2名、9. 16/3名、9. 29/2名、10. 7/4名。
入門講座:聖書と歴史 9. 8/6名、9. 15/6名、9. 22/5名、9. 29/6名、10. 6/6名。
バッハの森のオルガン教室の受講生は、「コラールとカンタータの会」でオルガニストの役割を果たすことを第1の目的として、オルガンを学んでいます。そのために、レッスンだけではなく、複数の研究会や合唱、ハンドベルなどに参加して、より広くコラール音楽を学んでいただくことを勧めています。
なぜ、バッハの森では「コラール」を中心にオルガンを学ぶようになったのか、その経緯を短くお話しいたしましょう。
私は10代の終わりに、教会のオルガニストになる夢の実現を目指してパイプオルガンを学び始めました。当時は終戦直後で、国外に留学することが難しい時代でしたが、両親のアメリカ人の友人が助けてくれたので、ロチェスター大学イーストマン音学部とニューヨーク・ユニオン神学校聖楽部で、計7年間オルガンを学ぶことができました。この間、バッハだけではなく、ロマン派や現代作曲家のオルガン曲の演奏技術を幅広く学びました。ただ、私の興味の中心は、いつも会衆と共にあるオルガン、言葉のある音楽、コラールのオルガン編曲だったのです。
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帰国後、東京在住の英語圏の人たちの教会で14年間オルガニストを務めた後、縁があって、「聖書の都」エルサレム旧市街の聖墳墓教会に隣接するドイツ教会(贖い主教会)のオルガニストになりました。石造りの大聖堂に響くオルガンを毎日曜日の礼拝で弾くということは、まさに「目から鱗」の連続でした。残響のある空間でオルガンを弾いてみて初めて、「息」や間の取り方などが分かるものです。また、古いオルガン曲が、残響を計算に入れて作曲されたことが体験できました。
もう一つの大切な経験は、ドイツ人の会衆が、当たり前のことですが、ドイツ語でコラールを歌うので、言葉が音楽と一致していることを実感できたことでした。しかも、400年、500年前のコラールを歌うことに、今でも喜びを覚えている人たちが実在するということは、本当に驚きでした。このとき、コラールのオルガン編曲は、演奏者と聴衆、双方に歌詞と旋律の理解があって初めて単なる一片の楽曲ではなくなり、そのあるべき姿に戻ることを、会衆から学びました。
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4年間エルサレムに滞在した後、1976年に日本に帰国する前、約1年間ドイツに住み、数カ所の教会でオルガンを弾く機会を得ました。またエルサレムに行く前も帰国した後も、何回かヨーロッパ各地の夏期アカデミーに参加して、主にオルガン古楽(バッハとバッハ以前の音楽)を学びました。これらの経験を通して、私の興味はいよいよコラールにしぼられていきました。
それまで、私は大多数のオルガニストと同じように、バッハからロマン派、現代作曲家の曲も入れたプログラムでオルガン・コンサートを開いていました。しかしバッハの森の建設計画を立て、どのようなオルガンを建造するか検討し始めたときに、私の心は定まっていました。コラールがバッハの教会の音楽の基礎である以上、活動の中心となるオルガンは、会衆のコラール斉唱を助け、バッハのコラール編曲を弾くのに最適の楽器でなければならないという考えです。
それから紆余曲折がありましたが、結局、歴史的オルガン修復の第一人者として著名なユルゲン・アーレントさんに建造を依頼することになりました。彼が私たちのオルガン建造目的を理解し、受注してくださったことは本当に幸いなことでした。
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発注してから6年待って、1989年にアーレント・オルガンが建造されました。ところが、しばらく弾いてみるうちに、何かオルガンに文句を言われているような、しっくり来ない気がするようになりました。考えてみると、このオルガンはバッハの時代の工法で建造された古楽器ですから、当時の奏法(古典奏法)で弾かなければ美しく響かないという、当たり前のことに気がついていなかったのです。しかも、アーレント・オルガンと付き合ってみて初めて、古楽器なしの古典奏法はありえない、ということにも気づきました。その上、もっと大切なことは、古典奏法の源泉は、その楽曲の歌詞であるということです。バロック時代の器楽は声楽曲の模倣から生まれたということを、改めて「楽器に教わった」のです。
アーレント・オルガンの特徴は「歌う楽器」と言えるでしょう。だから、コラール演奏に適しているのです。どの音列もそれぞれの歌を歌ってくれます。ただし、オルガンに解るように要求した場合のみですが。このことを短期間で会得することはできませんでした。まず、それまでの現代的な考え方や奏法から、視点を切り替えるための時間が必要でした。そして、長いことオルガンを教えてきましたが、自分が解っていない楽器を他人に教えられるはずもなく、オルガン教師を辞めました。それから8年ほどアーレント・オルガンを先生にして独りで学んでいましたが、いろいろな経緯から音楽教室を開くことになりました。それ以来、今度は大勢の受講生の皆さんを教えることで学び、共に新たな発見をしながら、このごろはアーレント・オルガンにも、大分歌ってもらえるようになったようです。(石田一子)