昨年、2007年も、バッハの森は、会員と会員の家族が集まる楽しい「クリスマス祝会」で一年を終わることができました。持ち寄りのご馳走と音楽で、例年、大いに盛り上がる会です。今回の新企画は、その1週間前のコンサート「クリスマス物語」で歌った、バッハの「クリスマス・オラトリオ」の「天使の大軍の合唱」を、もう一度、声の限りに歌ったことでした。歌う人20数人、聴く人10人足らずで、どちら側にいても楽しかったのですが、特別な“演奏者”が参加していたことに気づいた人は何人いたでしょうか。
いと高きところにいます神に栄光あれ
地には平和、み心にかなう人々にあれ
と、クワイアが歌っている間中、真和(マナ)ちゃんが、(彼女は1歳9ヶ月の女の子です)、ステージの左でソプラノを歌っているママと、右側でテノールを歌っているパパの間を、とことことことこ往復していました。最初、だっこをせがんでいるのかと思いましたが、余りにも規則的に、ママにタッチしてはくるりと方向を変え、パパにタッチしては戻っていくので、これは一緒に歌っているのだなと分かりました。絶叫する天使の大軍に、可愛い天使が迷い込んで、“自分流”に歌っていたのです。
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この忘れがたい微笑ましい情景から、年末年始にいろいろなことを考えさせられました。特に私が思い巡らした二つのことは、第一に人の命の不思議、第二に「バッハ」を歌い継ぐことでした。
バッハの森23年の活動の間に、いくつもの家族に赤ちゃんが誕生し、両親、特に母親が子育てに奮闘している姿を目の当たりにしてきました。その経験のない私のような“素人”が何を言うか、と言われそうですが、それでも新しい命と出会う感動を分かち合う喜びは許されそうです。それにしても、何に感銘を受けたかというと、真和ちゃんが“自分流”で歌っていたところが最高でした。もはや誰も知らない多数の遠い先祖の命を両親を通して受け継ぎながら、その誰でもない“自分”、言い換えれば、全く新しい人格が誕生したという不思議です。
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次の「バッハ」を歌い継ぐについては、より詳しい説明が必要でしょう。そもそも「バッハの森」の「バッハ」は、バロック時代までの教会音楽の象徴的な総称です。主にバッハを歌う世界各地の「バッハ合唱団」と、私たちの活動は、外見的には余り変わらないでしょう。しかし、バッハやパレストリーナが音楽に籠めた“思い”(アフェクト)を、宗教団体とは違うアプローチで、理解し表現することを目指している点はユニークかもしれません。
残念ながら、このような音楽造りは、一見難しく見えるせいか、ポピュラーではないようです。しかし、一度面白さが分かると、理解をしないで音楽することが物足りなくなり、これらの音楽本来の感動を追い求めるようになるのです。
もちろん、今の真和ちゃんには難しすぎる話しです。しかし、天使の大軍になりきり、感激して合唱する大人たちに交じって、“自分流”に歌っている彼女の姿は、私たちの「バッハ」が次の世代に歌い継がれていくことを象徴しているように見えました。皆様のご参加をお待ちしています。(石田友雄)
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「クリスマス」は、イェス・キリストの誕生を祝う大祭です。面白いことに、各国でその名称と意味が微妙に違います。まず、「クリスマス」の語源は、「キリストのミサ」という意味です。ドイツ語では「ヴァイナハテン」、「聖夜」と言います。他方、ラテン語では「誕生日」を意味する「ナターリス」、それが、イタリア語の 「ナターレ」となり、フランス語の「ノエル」と訛りました。なお、英語にも「ナティヴィティー」(誕生)というクリスマスの別名がありす。
ところで、最近の日本では、もっぱら英語の「クリスマス」がそのまま用いられていますが、「降誕祭」という立派な日本語があることを忘れてはいけません。「降誕祭」の「誕」は、誕生日のことですから、ラテン語、イタリア語、フランス語、それに英語の「ナティヴィティー」と同じ意味です。しかし、「降」、すなわち、「降る」という意味は、クリスマスを意味する他の言葉にはありません。
「キリストが天から降った」とはっきり語るのは、ミサ通常文の「クレドー」です。これは、4世紀に教会が定めた信条です。「降誕祭」という日本語は、4世紀までに確立したキリスト教の正統な信仰を伝えている言葉なのです。
では、キリストは天から降って来た、という告白は、何を意味しているのでしょうか。実際、その神話的な表現が、処女降誕の教義と共に、キリストが神秘的な存在であるという理解を広めてきました。もとより神秘性は、すべての宗教が持つ大切な要素です。なぜなら、宗教とは、人間を日常から神秘的な世界に誘(イザナ)い、日常の生活で疲れた人間を再び元気にする教えや儀式として、古来、広く世界各地で伝えられてきた一つの文化形態ですから。
しかし、キリストは天から降って来た、という告白は、単にキリストの神秘性を表した言葉ではありません。本来、それは、ナザレのイェスという人物の生き方に霊感を受けた人々の感動から生じた表現だったのです。
ナザレのイェスは、今から約2000年前に、ユダヤ・ガリラヤ地方、現在のイスラエル、或いは、パレスチナと呼ばれる地域で活動していた人です。彼は、社会の下積みになっていた弱い人々に希望を与え、病人や障害者を助ける一方、支配階級の偽善を厳しく糾弾し、神がいかに人間を愛しているかということを、自由に、生き生きと、しかも権威をもって民衆に教えました。ところが、彼の人気に嫉妬した支配階級が、当時、ユダヤを占領していたローマ人に、ナザレのイェスはローマ皇帝に謀反を企てている、と讒言しました。その結果、イェスはエルサレム郊外の刑場、ゴルゴタで十字架にかけられて処刑され、それまで、イェスをメシアかもしれない、と考えて集まっていた民衆は、彼の弟子たちも含めて、全員、彼を見捨てて逃げてしまいました。
ところが、その後で誰も予想しなかった事件が起こりました。一旦、イェスを見捨てて逃げた弟子たちに、イェスの生と死の本当の意味が、突然、分かったのです。新約聖書は、彼らが復活したイェスに出会ったと伝えますが、今となっては、実際に何があったのか、よく分かりません。確かなことは、ナザレのイェスが誰であったかということを、突然、彼らが理解したということです。それは人間が生きる本当の目的が分かったということでした。
地球上で生きる私たち人類は、明らかに他の生物と違って、高度の知能を持ち、その知能を自分の欲望の追求に用いて発展してきました。もともと自分が生きるための欲望の追求だったのですが、人間には、「生きるため」という目的を達成した後も、なお自分の欲望の追求を続ける傾向があります。そのため、昔から現在に至るまで、人間社会では、強い者が弱い者を犠牲にして自分の利益を追求し、国際社会では、戦争がなくなりません。しかも、止どまることを知らない欲望追求の結果、人間は、ついに大量生産と大量消費の悪循環に陥りました。そのため、温暖化、大気汚染など、深刻な自然破壊が生じ、このまま続けて行けば、間もなく人類は自滅するという危機的未来が、ようやく見えてきました。それでも戦争と殺戮、大量生産と大量消費は止まりません。どうやったら止められるのか、もはや誰にも分からないのです。
ところで、今から2000年前、3000年前にも、やがて地球上の人類は絶滅すると警告した人たちがいました。聖書に登場する預言者です。彼らは、人間が悪いことばかりして神の怒りを引き起こしているから、人類は必ず神罰を受けて滅ぼされる、というきわめて倫理的な終末論を語りました。そして、神の怒りを鎮め、滅亡から逃れるためには、神が創造した大自然の法則に従え、と教えます。彼らは、すべての生き物が、他の生き物の命を食料として生き、自分の命を他の生き物の食料として提供する命の連鎖によって、地球上の命が保たれている法則を知っていました。しかし、欲望の追求を止めない人間だけがこの法則を破り、他人の命を食い物にして自分の命を保つことしか考えないので、神の怒りを引き起こしている、と警告したのです。
さて、イェスの弟子たちが悟ったこと、それは、十字架で処刑されたナザレのイェスの生き方と死に方から、彼は他人の命を生かすために生き、他人の命を生かすために死んだ、ということでした。言い換えれば、彼は命の連鎖を回復して人間が滅亡から逃れる道を、自らの生死を通して示したという理解です。こうして、彼らは、この人こそ本当のメシア(救い主)だった、という告白を世界中に広め始めました。その際に、ヘブライ語の「メシア」は、当時の世界の共通語だったギリシャ語に翻訳され、「キリスト」と呼ばれるようになりました。それから3世紀の間に、人間が生き残る生き方を教えるために、キリストは「天から降った」という「クレドー」の言葉が結実しました。この場合「天」とは、欲望追求の上に成り立つ地上の世界とは違う、命の連鎖によって生きる別世界を意味しています。
それから更に2000年近い歳月の間、残念ながら、人間は命の連鎖を無視して自分の欲望の追求に明け暮れてきました。「天」は相変わらず、はるかかなたです。それにもかかわらず、「天から降った人」を忘れることもできませんでした。そして、天に生きる命を憧れ、彼の降誕の喜びを歌う歌を歌い続けてきたのです。私たちも、一緒に歌ってみませんか。天の命の喜びを味わうことができるかもしれません。(石田友雄)
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2007 年11月16日
石田一子先生
今年も北アルプスに雪が降りました。急に寒くなりましたが、いかがお過ごしでしょうか? ご無沙汰ばかりでごめんなさい。「バッハの森通信」を読ませていただくと、一子先生のオルガン・レッスンを思い出します。今の私は、あの頃の先生の年齢になりました。勉強不足で頼りない私の眼をのぞき込んだ先生の、可笑しそうなお顔が思い出されます。
今はオルガンを弾く機会もなく、地域のケーブル・テレビの番組制作をしています。全く素人ですが、まもなく1年経ちます。取材・撮影・編集・・・全て一人です。ディレクター、カメラ、音響、ナレーターを全部兼任で、我が子が卒業した保育園や小・中学校へ親しく通って、子どもたちの姿を紹介したり、敬老会など地域の方たちの笑顔を追って、楽しい出会いに恵まれています。番組の中で詩を読んでみたり、「渡辺恵子ワールド」でローカルな番組を作っていますが、喜んで視てくださる方もいて、この土地、八坂、に暮らして20年目にして、新しい出会いにわくわくしています。
先月、娘の父母会で独立学園へ行った折り、今野和子先生に「オルガン弾かない?」と声をかけていただき、久々に弾かせていただきました。たった1回の礼拝のために、5時間以上も練習しました。でも、今までの私と違って、神様に捧げようとか、精一杯努力しようとか・・・変な気負いがなくなっていて、オルガンを弾けることが嬉しくて嬉しくて、高校生の歌声に合わせて本当に楽しく過ごすことができました。今野先生が高校生たちと楽しそうにハンドベルの練習をしているところものぞいてきました。一人で演奏する楽器と違って大変そうですね。
今年もバッハの森をお訪ねできませんでしたが、我が家で作ったお米を少々送らせていただきます。お味見してみてください。暑かった夏が恋しいくらい、急に寒さがやってきました。クリスマスを前に準備で忙しくしていらっしゃるでしょう。どうぞご自愛ください。友雄先生にも宜しくお伝えくださいね。(長野県大町市 渡辺恵子)
10. 19 運営委員会 参加者5名。
10. 27 秋のワークショップ 参加者18名。
11. 16 運営委員会 参加者5名。
12. 7 クリスマス飾り付け 参加者7名。
12. 8 ゲネプロ 参加者22名。
12. 9 「クリスマス物語」 参加者40名。
12. 15 ゲネプロ 参加者23名。
12. 16 「クリスマス・コンサート」 参加者51名。
「クリスマス祝会」 参加者35名(大人30名、子供5名)。
10. 13 第217回(三位一体後第14主日)、
カンタータ「感謝を捧げる者、彼は私を称える者」(BWV 17);
オルガン:S. シャイト「いざ主を誉め称えよ、わ が魂よ」、
海東敏恵。参加者17名。
10. 20 第218回(三位一体後第18主日)、
カンタータ 「主キリスト、神の独り子は」(BWV 96);
オルガ ン:J. S. バッハ「同上」(BWV 601)、金谷尚美。
参加者14名。
11. 10 第219回(三位一体後第19主日)、
カンタータ「どこへ私は逃がれるべきか」(BWV 5);
オルガン:J. S. バッハ「同上」(BWV 646)、比留間恵。
参加者20名。
11. 17 第220回(三位一体後第21主日)、
カンタータ「神がなさること、それは善いことです」 III(BWV100);
オルガン:J. S. バッハ「同上」(BWV 1116)、安西文子。
参加者19名。
11. 24 第221回(三位一体後第22主日)、
カンタータ「お前を私はどうすべきか、エフライムよ」(BWV 89);
オルガン:古屋敷由美子。
参加者22名。
12. 1 第222回(アドヴェント第1主日)、
カンタータ「さあ来てください、異邦人の救い主よ」 II(BWV 62);
オルガン:J. S. バッハ「同上」(BWV 599)、比留間恵。
参加者19名。
バッハの森・クワイア(混声合唱)10. 13/17名、10.20/14名、
10. 27/18名、11. 10/18名、11. 17/20名、11. 24/21名、
12. 1/22名。
バッハの森・声楽アンサンブル 10. 13/11名、10.20/8名、
11. 10/11名、11. 17/10名、11. 24/14名、12. 1/15名。
バッハの森・ハンドベルクワイア 10. 13/6名、10.20/4名、
11. 10/7名、11. 17/8名、11. 24/7名、12. 1/9名。
バッハを聴いて学ぶ・キリスト教文化入門 10. 18/7名、
11. 1 /6名、11. 15/7名、11. 29/5名。
入門講座:旧約聖書の預言を読む 10. 12/7名、10. 19/8名、
10. 26/6名、11. 2/8名、11. 9/8名、11. 16/5名、
11. 30/6名。
宗教音楽セミナー 10. 12/7名、10. 19/8名、10. 26/6名、
11. 2/7名、11. 9/10名、11. 16/9名、11. 30/8名。
パイプオルガン教室 10. 10/5名、10. 11/3名、10. 17/2名、
10. 18/6名、10. 24/8名、10. 25/2名、11. 1/5名、
11. 7/8名、11. 8/3名、11. 14/2名、11. 15/5名、
11. 22/2名、11. 29/3名。
声楽教室 10. 13/6名、10. 20/4名、10. 27/2名、11. 10/8名、
11. 17/10名、11. 24/9名、12. 1/11名、12. 8/7名、
12. 15/11名。
3名の方々から計40,000円のご寄付をいただきました。
35名の方々から計223,000円のご寄をいただきました。