「コラールとは何ですか?」。これは、創立以来23年間、バッハの森を訪れた多く人たちから、繰り返し受けた質問です。そのたびに、「ドイツ・プロテスタント教会の讃美歌ですが、“讃美歌”というと、どうしても英語圏の、しかも19世紀の歌が主流を占める日本の教会の讃美歌のイメージが強いので、“コラール”と呼ぶことにしています。この両者は相当違う響きをした音楽なので」
「それに、16世紀にルターが宗教改革をしてから200年間に作詩・作曲された多数のコラールが、バッハのオルガン曲やカンタータの、最も大切な素材になっていて、バッハ自身がそれを“コラール”と呼んでいるので」と説明を続けると、今度は「カンタータとは何ですか?」と質問されます。
これらの質問に答えながら、いつも私は、バッハの森は一般日本人の常識から何とかけ離れたことをしているのか、とつくづく思い知らされます。全ての人に、バッハの森を分かっていただくためには、どうしたらいいのでしょうか?
* * *
創立以来、毎月1回、年によっては不定期だった「コラールとカンタータの会」は、8年前から毎週1回、土曜日の夕方に開かれるようになり、今年3月末で233回を数えました。バッハの森の活動の“背骨”です。
ところで、最近、あるメンバーに「前からコラールやカンタータを知っていましたか?」と聞いたら、「いえ、バッハの森に来る前は知りませんでした」と答え、他の人は「初めの頃は、どのコラールを聞いても、みんな同じに聞こえました」と“告白”してくれました。無理ありません。一般の日本人は、モーツアルト以降、主として19世紀の音楽に慣れ親しんでいますから、16、17世紀のコラールを初めて聞くと、奇妙な音楽に聞こえるのです。事実、景気の悪い歌ですね、と言った青年がいました。
またまた「何でそんな音楽をしているのか?」と質問されそうです。それに答える前に、私にも疑問があります。「コラールもカンタータも知らず、16、17世紀の音楽を奇妙な響きと感じていた“一般の人”が、何でバッハの森に集まっているのでしょうか?」
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バッハの森には、年齢も背景もいろいろな人が自由に集まっていますから、一つの答えはないでしょう。勿論、コラールやカンタータを以前から好きだった人もいます。しかし、コラールもカンタータも知らず、古い音楽の響きに慣れていなくても、バッハの森の音楽に魅力を感じる人はいるのです。ですから、ここに集まっている人たちの共通項は、単に音楽の知識ではなく、コラールが、元々は民衆の魂の歌だったことと無関係ではないと思います。見える世界に満足できず、見えない世界に素朴な憧れを抱いた、昔の民衆の思いに共鳴できる感受性、と言い換えることができるでしょうか。
後はバッハの森に参加さえしていれば、誰でもいつの間にかコラールを“懐かしい”響きだと感じ始めます。しかも、ここで歌い続けていれば、コラールやカンタータを理解するためのドイツ語とミサを歌うためのラテン語は、自然に覚えてしまいます。このような心豊かな音楽を楽しむ学びの仲間に、あなたも参加なさいませんか?(石田友雄)
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それは、これまで、バッハの森のオルガニストの役目を一人で果たしてきた石田一子が突然体調を崩し、昨年12月のクリスマス・コンサート終了後、3ヶ月間、バッハの森のすべての活動を休んだために起こったことです。今回のコンサートの練習を始めた1月に、彼女はまだ入院していましたから、最初から、オルガニストの役目は、オルガン教室で学んできた3人、海東俊恵さん、金谷尚美さん、古屋敷由美子さんに委嘱しました。コンサートの音楽造りはすべて、合唱指揮者の比留間恵さんに任され、3人のオルガニストは彼女に協力して一つのコンサートを造り上げました。
今回のコンサートで主要な役割を果たしてくださった4人の方々に、新しく経験したことについて報告していただきました。(T)
年末から年始にかけて、バッハの森に嵐が吹き荒れました。一子先生のご入院を初めとして、転勤、その他の理由で何人ものメンバーが休み、次から次に起こるいろいろな困難な問題が、雪だるま式に大きくなり続けた「春のシーズン」でした。そのため、十分な音楽造りができなかったという不安な思いを抱えたまま、創立記念コンサートの当日を迎えてしまいました。
今年の復活祭は3月23日。その一週間前の日曜日に「マタイ福音書による受難物語」というタイトルのコンサートを開きました。音楽はJ. S. バッハの「マタイ受難曲」からコラール6曲を選び、ハンドベル、オルガン、合唱でそれらの編曲をイェスの受難物語の朗読に沿って演奏し、同じコラールを会衆が斉唱しました。
今回、友雄先生は、一般に「マタイ受難曲」の魅力の源泉であると考えられている、レチタティーヴォやアリアといった、心揺さぶる美しい音楽をすべて省いて台本を作成なさいました。その結果、受難物語の朗読とコラール編曲、それにコラール斉唱だけから構成された、オラトリオ形式の原型が出現しました。このため、私たちは、物語られる状況を素朴に生き生きと頭の中で描くことにより、コラールの歌詞の意味を味わいながら、しみじみと歌うことができたのです。
立派に装飾された受難曲に馴染んできた私にとって、この素朴な受難オラトリオは大変に新鮮な驚きでした。それに、いつもより大勢の会衆の皆さんが、コラール斉唱にしっかりと参加して歌ってくださったので、オルガンに伴奏された歌声が奏楽堂の隅々に響き渡っていました。きっと参加者全員の胸にも受難物語のメッセージが響いていたことでしょう。
コラール斉唱を支えるオルガニストの役割を、今回は、バッハの森オルガン教室の3人の受講生が担当しました。彼らの役割は、担当したコラール編曲をただ演奏すれば済むわけではなく、各場面に適したコラールの前奏と伴奏をするよう、友雄先生から要求されました。これは、コンサートの流れや物語の内容を理解していなければできないことでした。しかも、ハンドベル・リンガーと同様に、この3人のオルガニストはクワイア・メンバーでもあるので、オルガン演奏をしていないときは、合唱に参加して歌わなければなりません。バッハの森のオルガニストは、いつも一子先生から「詩を読むように歌い、そのように弾きなさい」と教えられている「歌うオルガニスト」なのです。ともかく、彼らが、これらの厳しい要求に応えてくださった結果、音楽によって受難物語の中に人々を引き入れることができたのだと思います。
このコンサートは、音楽的にも構成や編成のうえでも、私たちバッハの森で活動している者にとって、新しい試みでした。ですから、最初、皆、戸惑っていたのですが、最終的には全員の想いを一つにまとめることができました。コンサートが進むにつれ、あれほど私の頭の中を占めていた不安な思いは、いつのまにか素直に受難物語を味わう感動と満足感に入れ替わっていったのでした。 (比留間恵)
創立記念コンサートに、バッハの森のオルガン教室で学ぶ3人のメンバーが、一子先生の代役を担当することになったが参加しないか、というお誘いをいただいたときは、あまり深く考えずにお引き受けしました。しかし、コンサートが近くなるにつれて、プログラムの中でオルガニストに要求される役割が、「コラールとカンタータ」とは格段に違うことに気づき、今までにない精神的重圧を感じ始めました。それまで、バッハの森のコンサートでオルガニストが果たさなくてはならない役割というようなことは、全く認識していなかったからです。
1月から始まった練習期間中には、「受難物語」の筋と意味と背景、その中で歌われるコラールとそのオルガン編曲について、友雄先生が時間をかけて説明してくださいました。そのお陰で、プログラム全体の流れが徐々に分かってくると、私が担当するオルガン曲が個々別々の音楽ではなく、統一されたプログラムの中のコラールでありコラール編曲であることに気付きました。具体的に言えば、このプログラムには、オルガンの他に、朗読と合唱とハンドベルが参加しましたが、それぞれ違う表現方法ではあっても、皆、同じアフェクト(情緒)で語り、演奏しなければならないという意識を持たされたということです。この点について、友雄先生と指揮者の比留間恵さんから多くの助言をいただきましたが、それを自分の中で消化して、どのように表現するかという課題は、とても難しい問題でした。
緊張のため、コンサート前夜はほとんど眠れませんでした。最初のオルガニストの役割をいただいたので、ハンドベルのコラール旋律演奏に続いて私のオルガンでコンサートが始まりましたが、会衆とクワイアの皆様が、コラール「神の小羊、罪なく屠られ」を、私のオルガン伴奏に合わせ、大きな声で斉唱してくださったとき、いつしか不安は消え、とても満ち足りた幸せな気分になりました。
コラールの歌詞に沿って作曲されたバッハの4声体コラールの合唱とオルガン編曲は、物語の展開とともに高揚していく音楽なので、オルガン演奏をしながら、私自身、高揚感を楽しむことができました。実際、今回の経から、バッハの森のコンサートは、会衆の皆様と演奏者が一体となって作り上げるコンサートであることがよく分かりました。これまで何回もバッハの森のコンサートに参加してきましたが、これは、私にとって新しい経験でした。このような貴重な機会を与えてくださったことに感謝しております。(海東俊恵)
バッハの森の創立記念日は、バッハの誕生日にあやかって3月21日ですが、その年の都合によって、春分の日かその前後の日曜日にコンサートを開きます。そして、教会の暦に従い、しばしば「受難」をテーマにしま。イェスが十字架にかけられて処刑され、お墓に埋葬されたことを伝える「受難」は、キリストの誕生を祝うクリスマスとは逆に、ほとんの日本人が知らないお話でしょう。
ともかく、バッハの森では、クリスマス・コンサートとともに、多くの場合、「受難」をテーマにした創立記念コンサートを、特に大切なコンサートとして開いてきました。これまで私は、これらのコンサートに、合唱とハンドベルのメンバーとして毎年参加してきましたが、いつもとても楽しいリラックスした気分で、友雄先生のお話や一子先生のオルガンを聞かせていただいておりました。ところが、今回、一子先生がご病気のため、ピンチヒッターとして、一子先生にオルガンを習ってきた3人のメンバーが分担して、初めて創立記念コンサートでオルガンを弾くことになりました。私もその一人として大変な大役を仰せつかり、プレッシャーを感じながら参加させていただきました。
今回、友雄先生はバッハの「マタイ受難曲」に基づいて「受難物語」を編集なさいました。そこで、「マタイ受難曲」のプロローグに出てくるコラール「神の小羊、罪なく屠られ」が、最初の音楽として演奏されました。ハンドベルに続いて海東さんがバッハのオルガン編曲(BWV 618)を弾きましたが、嘆きのモチーフのカノンでキリストの悲しみが表現された、いかにもバッハらしい曲を、海東さんはコラール旋律をかっちり聴かせながら演奏してくださいました。その後で同じコラールをオルガン伴奏で会衆が斉唱し、「受難物語」を語り出す準備ができました。ここで、「受難物語」を4人の人たちが分担して朗読し始めましたが、4人とも素晴らしい語り口で朗読してくださったので、物語にぐいぐい引き込まれていくのを感じることができました。特に友雄先生のイェス役の朗読は感動的でした。
朗読の合間に、朗読された場面に応じて、クワイアが、「マタイ受難曲」から取られた単純4声のコールを合唱しましたが、これらの音楽にも、イェスの受難を伝えるバッハの思いが表現されていることがよく分かりました。私自身は「マタイ受難曲」の主題コラール「血潮と傷と痛みに満ち」を、4回に分けて歌った斉唱の伴奏と、この旋律によるブクステフーデの編曲を弾きましたが、これは「受難」を音楽でどのように表現したらいいかということを考える貴重な体験になりました。
最後に古屋敷由美子さんが、コラール「人よ、なが罪の大いなるを嘆き」の有名なバッハのオルガン編曲の素晴らしい演奏で、コンサートを締めくくってくださいました。
今回、一子先生の代役という大変な役割をさせていただき、これまで一子先生が一人で果たしてこられたことが、どれほど大変な、重要なことだったかということを、身をもって体験して知ることができました。また、友雄先生が「受難物語」のような難しい聖書のお話を、諦めることなく、丁寧に説明してくださる情熱があってこそ、このような素晴らしいコンサートを開くことができるのだ、ということがよく分かりました。(金谷尚美)
「今回のコンサートは“総力戦”です」と友雄先生が言われた。人数不足に練習不足、それに何より一子先生がお休みだから。バーゲンセールの昇り旗が思い浮かんだ。参加費もお安めだ。
オルガニストの役割をオルガン教室の生徒3人が分担して受け持つことになった。私は最後になった。曲順の関係で、別に“とり”ではないのだが、すごいプレッシャー。まさに受難だ。早速、断ろうと思った。「荷が重すぎます。耐えられません」と、静養中の一子先生に心の中で訴えてみた。すると一子先生は「あなただけのコンサートじゃないでしょ。大事なのは会衆を歌わせること。それからコンサートの流れをつなぐことよ」とおっしゃる。耳にたこができていたので、実際に会わなくても会話ができた。次に友雄先生に直訴した。「大変です」。すると「みんな大変なんです」。確かにそうだった。私のゲッセマネの祈りはあっさり退けられた。他の2人のオルガニストの仲間、海東さんと金谷さんが、私と同様に「困った、困った」と言いながらも、オルガンの前に座ると、ピタッと演奏モードに入れるのを目のあたりにして恐れ入った。
コンサートに先立ち、1月から「マタイ受難曲」を6回に渡って学んだ。この曲では、私が担当したコラール「おぉ、人よ、汝が罪の大いなるを嘆け」は、イェスが逮捕された直後、第1部の終曲で歌われる清冽な合唱で、これから佳境に入ることを予感させる。それが、今回のプログラムでは、「マタイ受難曲」から選ばれた5曲のコラールの最後に置かれ、受難物語をまとめる役を与えられている。4曲までに、信徒の刻々と変化する内面が表現され、ついにそれは、イェスの痛みの力による幸いな死を願う境地にまで到達する。
それに続く「おぉ、人よ、汝が罪の大いなるを嘆け」は歌詞が23節もあり、受難物語を次々と語っていくコラールだが、その第1節は、イェスの受難のダイジェスト版だ。1行、1行に場面の展開があり、 同時にとても静かな佇まいで、ルオーの絵のようだと思う。春分の次の満月のころ、長きに渡り教会に集まった人々は、「イェスの十字架は私のせいで、私のために」という深い思いを共有し、そこで「おぉ、人よ、・・・」と歌ったのだ。
今回のコンサートでは、クワイアがこのコラールを歌った直後にそのオルガン編曲を弾くので、流れの中で湧き出してくる思いを大事にしてオルガンに向かおうと思った。しかし実際は、「演奏中に目まいがしませんように。足がつりませんように。やけを起こしませんように」という思いで一杯になってしまった。
コンサートの後の反省会で、バスの大木君が「会衆歌の多いプログラムのときに、会衆が大勢いてよかったですね」と発言して大いにうけたが、全くそのとおりだった。聖金曜日に、何百年にも渡り永々と営まれてきたことを、大勢の方々と一緒に追体験したコンサートだった。当日の“加勢”のお陰で、さらに本来の形に近い“総力戦”になることができたと思った。
その週のクワイアの練習日、3月22日(復活祭の前日)の帰り際に友雄先生が言われた。「今晩は満月ですから、帰りに月をよく見てください」。そこで、帰り道に夜空を見上げていると、満月が胸に迫ってきた。時空を超えて、昔の人たちとつながっている気がした。(古屋敷由美子)
* * *
去年(2007年)暮れから今年の正月にかけて、全く思いがけない成り行きから、今まであまりご縁の無かった病院と深く関わる羽目となりました。その結果、多くの方々にご心配いただき、ご迷惑をかけました。お詫びかたがたその経緯と、現状をご報告いたします。
定期検査で極度の貧血であることが発見されたのが11月半ばでした。12月9日と16 日のクリスマス・コンサートを控えて休むわけには行かず、16日が終わるまで待って、翌日から数回の検査を受けました。結果は、臓器に転移しているため手術不可能な癌。晴天の霹靂とはこのことをいうのかしらと思いました。それまで思い当たる自覚症状が全くなかったからです。
ところが、手術ができないことがかえって幸いして、薬物療法を受けることとなりました。しかも、経過が順調ならば1ヶ月ほどの入院の後、外来で通院しながら治療を受け、ほぼ日常の生活に戻ることができる、というのです。結果はその通りになりました。クリスマスの日、12月25日から入院し、1ヶ月後、病状が安定したため自宅に戻り、今は通院しながら療養を続けています。完治することはないという診断で、これからは少々厄介な同居人ができたと思い、それでも“彼?彼女?”と仲良く過ごすつもりです。この間、多くの方々から様々なお見舞いとお励ましをいただきました。その一つ一つがどんなに私の心の支えとなったか、この場を借りて心よりお礼申し上げます。
* * *
バッハの森へは3ヶ月ぶりに、創立記念コンサートに参加。創立以来初めて、一人の聴衆として会衆席に坐りました。プログラムを盛り上げてゆく立場ではなく、聴く立場にいることはこうも違うものかということを体験しました。コンサートから受けた感動は、様々な緊急事態を経たにもかかわらず、バッハの森ならではのもので、とても頼もしく、嬉しく思いました。
その1週間後、3月22日(土)の「コラールとカンタータ」では、再びオルガニストを務めることができました。復活祭第2祝日のカンタータ「喜べ、お前たち心よ」(BWV 66)と、コラール「主、よみがえる」“Chist ist erstanden”が主題で、このコラールによるバッハのオルガン編曲を演奏して、バッハの森に「復活」することができました。再びアーレント・オルガンが弾けた喜びは何ものにも代え難く、会の後で「オルガンも喜んでいるようでした」というコメントを数人の方々からうかがいましたが、私にとっても忘れることのできない一時でした。
生まれて初めての入院生活は、思ってもみなかったような成果をもたらしてくれました。それはまるで神様が与えて下さった特別休暇のような一時で、バッハの森からも、日常の雑事からも離れて、遠くからバッハの森を想い、考える優雅な休息の時でした。また、医師や看護師、同室の友人たちからは、今まで知らなかった世界を垣間見せてもらい、健康であったならば出会わなかったであろう種々のことを学ぶ機会でもありました。恐らくバッハの森の皆さんにとっても、いつも居て当たり前の私が突然居なくなったことで、大変ではあっても「バッハの森」を考え直すよい機会になったのではないでしょうか。
一人の作詩家が330年前に見事に歌ったコラールが、今、私に感動と励ましを与えていてくれます。
1. み神のみ業は/ことごとく善し。
みこころのままに/従いまつる。
わが神、わが主は/悩みの時の
わが支えなり。
3. み神のみ業は/ことごとく善し。
われをかえりみて/病いを癒す、
不思議な医師(クスシ)の/み恵み頼る、
われは揺るがじ。
4. み神のみ業は/ことごとく善し。
主こそわが光/わが命なり。
喜び悲しみ/すべてをまかせ、
主を仰ぎ見る。
6. み神のみ業は/ことごとく善し。
険しき道ゆく/悩みの時も、
み父のみ腕は/わが守りなり、
わが支えなり。
(石田一子)
1. 10 春のシーズン開始
1. 11 運営委員会 参加者4名。
2. 1 運営委員会 参加者4名。
2. 16 来訪 曽野綾子氏、冨澤祥郎氏(新潮社出版部)、他2名。
2. 20 出席 公益法人制度改革に関する説明会(県庁) 石田友雄代表。
3. 7 運営委員会 参加者4名。
3. 16 創立記念コンサート 「マタイ福音書による受難物語」 参加者50名。
3. 17 来訪 社会福祉法人ベテスダ奉仕女母の家50年史編集委員会(大沼昭彦氏、鹿島信義氏、久保川守氏)。
3. 22 財団法人筑波バッハの森文化財団理事会・評議員会 参加者9名。
1. 12 第223回(顕現祭)、
クリスマス・オラトリオ第6部「主よ、高ぶる敵がいきり立つとき」(BWV 248/54~64);
オルガン:比留間恵。参加者15名。
1. 19 第224回(六旬節)、
カンタータ「ちょうど雨と雪が天から降り」(BWV 18);
オルガン:比留間恵。参加者11名。
1. 26 第225回(エストミヒ)、
カンタータ「あなた、真の神、ダビデの子よ」(BWV 23);
オルガン:J. S. バッハ「キリストよ、あなた、神の小羊よ」(BWV 619)、古屋敷由美子。
参加者15名。
2. 2 第226回(聖金曜日)、
マタイ受難曲(1)(BWV 244/1~16);
オルガン:J. S. バッハ「神の小羊、罪なく屠られ」(BWV 618)、海東俊恵。
参加者12名。
2. 9 第227回(聖金曜日)、
マタイ受難曲(2)(BWV 244/17~31);
オルガン:J. S. バッハ「心よ りわれ慕い求む」(BWV 727)、安西文子。
参加者13名。
2. 16 第228回(聖金曜日)、
マタイ受難曲(3)(BWV 244/32~44);
オルガン:J. S. バッハ「おぉ、人よ、お前の罪の大いなることを嘆け」(BWV 622)、古屋敷由美子。
参加者14名。
2. 23 第229回(聖金曜日)、
マタイ受難曲(4)(BWV 244/45~55);
オルガン:J. S. バッハ「心より愛しまつるイェスよ」(BWV 1093)、海東俊恵。
参加者13名。
3. 1 第230回(聖金曜日)、
マタイ受難曲(5)(BWV 244/56~70);
オルガン:G. シュトゥルンク「いかにして主を迎えまつらん」、比留間恵。
参加者12名。
3. 8 第231回(聖金曜日)、
マタイ受難曲(6)(BWV 244/71~78);
オルガン:D. ブクステフーデ「あぁ、主よ、罪人である私を」(BuxWV 178)、金谷尚美。参加者13名。
3. 22 第232回(復活祭第2祝日)、
カンタータ「喜べ、お前たち心よ」(BWV 66);
オルガン:J. S. バッハ「キリストはよみがえりたもうた」(BWV 627)、石田一子。
参加者16名。
3. 29 第233回(クワジモドジェニティ)、
カンタータ「イェス・キリストを記憶にとどめよ」(BWV 67);
オルガン:J. S. バッハ「素晴らしい日が現れた」(BWV 629)、比留間恵。
参加者10名。
バッハの森・クワイア(混声合唱)1. 12/16名、1. 19 /12名、
1. 26/14名、2. 2/13名、2. 9/15名、2. 16/17名、2. 23/15名、
3. 1/15名、3. 8 /15名、3. 15/17名、3. 22/14名、3. 29/14名。
バッハの森・声楽アンサンブル 1. 12/12名、1. 19/7名、1. 26/8名
A2. 2/7名、2. 9/7名、2. 16/6名、2. 23/7名、3. 1/8名、
3. 8 /7名、3. 22/6名、3. 29/6名。
バッハの森・ハンドベルクワイア 1. 12/7名、1. 19 /4名、1. 26/4名、
2. 2/4名、2. 9/5名、2. 16/5名、2. 23/5名、3. 1/4名、3. 8 /4名、
3. 15/4名、3. 22/6名、3. 29/3名。</p>
バッハを聴いて学ぶ・キリスト教文化入門 1. 10/5名、1. 24 /5名、
2. 7/3名、2. 21 /5名、3. 6/4名、3. 27 /4名。
入門講座:旧約聖書の預言を読む 1. 11/7名、1. 18/7名、1. 25/名、
2. 1/名、2. 8/名、2. 15/5名、2. 22/名、2. 29/5名、3. 7/6名、
3. 14/7名、3. 21/6名、3. 28/7名。
宗教音楽セミナー 1. 11/6名、1. 18/7名、1. 25/8名、2. 1/7名、2. 8/9名、2. 15/7名、2. 22/9名、2. 29/7名、3. 7/6名、3. 14/8名、3. 28/6名。
パイプオルガン教室 3. 2/2名。
声楽教室 1. 12/9名、1. 19/9名、1. 26/9名、2. 1/2名、2. 2 /7名、
2. 9/7名、2. 16/8名、2. 22/2名、2. 23/8名、3. 1 /6名、3. 8 /6名、
3. 15/5名。
3名の方々から計46,000円のご寄付をいただきました。
38名の方々から計274,000円のご寄をいただきました。