石田一子がオルガン教室で目指したこと

*彼女は、バッハの森のオルガン教室について『バッハの森通信』で、4回、語っています。以下はそのダイジェストです。

音楽が自分にとってもつ意味まで考えたい

 どの音楽もそうですが、オルガン音楽には魂を揺り動かされるような独特の感動があります。この感動をさらに深く味わいたくて、私たちはオルガンを学んでいるのではないでしょうか。ですから、当然、オルガンの演奏技術を中心に学ぶわけですが、単に技術の習得や知識の集積に終わるわけにはいきません。オルガン音楽の持つ広くて深い文化的背景を同時に学ぶことにより、先ず音楽とは何か、さらに音楽が自分にとってどれほど重要な意味をもっているかということまで、考えていきたいと願っております。第57号(1997年10月)より

バッハの宗教音楽の真髄を体験するために

 音楽大学のオルガン科では、当然、コンサート・オルガニストになるための教育を受けますが、バッハの森では、それとは違う角度から、オルガンという素晴らしい楽器のありようを体験してもらいたいと思っています。バッハが精魂傾けて創り上げた宗教音楽の世界、その一環としてのオルガン、どうしたら日本という異文化の地で、その真髄を体験することができるのでしょうか。しかも、音楽を専門としない“普通”の人たちと。

 2000年秋、「J. S. バッハの世界・コラールとカンタータの会」を開講して、オルガン教室で学ぶ人たちが、オルガニストを交代で務め、主題コラールのオルガン編曲の演奏と、参加者全員で斉唱するコラールの伴奏をすることになりました。このよう講座を開講してみて、本来、コンサートホールの独奏楽器ではなく、教会の典礼音楽の一翼を担っていたオルガンの姿が、かいま見えるようになりました。 第78号(2003年1月)より

ドイツ人会衆とアーレント・オルガンから学ぶ

 私は10代の終わりに、教会のオルガニストになる夢の実現を目指してパイプオルガンを学び初めました。計7年間アメリカで、バッハだけではなく現代作曲家のオルガン曲の演奏技術を幅広くを学びましたが、私の興味の中心は、いつも会衆と共にあるオルガン、言葉のある音楽、コラールのオルガン編曲でした。

 帰国後、14年間、東京でオルガニストを務めた後、エルサレムのドイツ教会のオルガニストになりました。石造りの大聖堂に響くオルガンを毎日曜礼拝で弾くということは、まさに「目から鱗」の連続でした。残響のある空間で弾いてみて初めて、「息」や「間(マ)」の取り方が分かるものです。もう一つの大切な経験は、会衆がドイツ語でコラールを歌うので、言葉が音楽と一致していることを実感できたことでした。しかも、4、500年も昔のコラールを歌うことに喜びを覚えている人たちが実在することは驚きでした。このとき、コラールのオルガン編曲は、演奏者と会衆、双方に歌詞と旋律の理解があって初めて単なる一片の楽曲ではなくなり、そのあるべき姿になることを、会衆から学びました。

 バッハの森の建設計画を立て、どのようなオルガンを建造するか検討し始めたときに、私の心は定まっていました。コラールがバッハの教会音楽の基礎である以上、オルガンは、会衆のコラール斉唱を助け、バッハのコラール編曲を弾くのに最適の楽器でなければならないという考えです。

 1989年にアーレント・オルガンが建造されました。ところが、しばらく弾いているうちに、何かオルガンに文句を言われているような、しっくり来ない気がするようになりました。考えてみると、このオルガンはバッハ時代の工法で建造された古楽器ですから、当時の古典奏法で弾かなければ美しく響かないのです。その上、この奏法の源泉が楽曲の歌詞であることにも気づきました。バロック時代の器楽は声楽曲の模倣から生まれたということを「楽器に教わった」のです。

 アーレント・オルガンの特徴は「歌う楽器」と言えるでしょう。どの音列もそれぞれの歌を歌ってくれます。ただしオルガンに解るように要求した場合のみですが。是を短時間で会得することはできませんでした。先ず、それまでの現代的な考え方や奏法から、視点を切り替えるための時間が必要でした。それまで長いことオルガンを教えて来ましたが、自分が解っていないことを他人に教えられるはずもなく、オルガン教師を辞めました。それから8年ほどアーレント・オルガンを先生にして独りで学んだ後、1997年の秋にオルガン教室を開きました。 第93号(2006年10月)より

バッハの森はオルガン・コラールを学ぶ最高の場所

 「オルガンを習いに来たら歌えと言われた」という言葉は、バッハの森のオルガン教室の特徴を表しています。バッハのオルガン曲の三分の二は歌を主題とするコラール編曲ですから、ドイツ人の「魂の歌」コラールを知り、声を出して歌わない限り、バッハの宗教曲を理解することはできません。そこで、「コラール詩を朗読するように歌い、歌のように弾く」という目標を掲げました。ただしコラールは、独唱する歌ではなく、長い年月繰り返して歌い続ける歌、会衆が声を揃え、心を一つにし、力の限り歌う歌ですから、そのような会衆がいるバッハの森は、オルガニストがコラール編曲を学ぶ最高の場所になりました。 第94号(2007年1月)より